新しん時代じだい家族かぞく  ~分断ぶんだんのはざまをつなぐ新あらたなキズナ~

 

平成へいせい三十年さんじゅうねん四月しがつ(初版しょはん)

総務省そうむしょう  未来みらいデザインチーム

目次もくじ

序じょ章しょう   1ページ

第一章だいいっしょう  世界せかいと    6ページ

第二章だいにしょう  故郷こきょうと    15ページ

第三章だいさんしょう  友達ともだちと    21ページ

第四章だいよんしょう  地域ちいきと    30ページ

第五章だいごしょう  過去かこと    37ページ

第六章だいろくしょう  家族かぞくと    45ページ

終章しゅうしょう   53ページ

あとがき  57ページ

1

序じょ章しょう

  この仕事しごとをしていると、ごくたまに、青あおく光ひかる目めの中なかに飛とび込こんで中なかを探検たんけんしてみたいと思おもうことがある。

  子供こどものころに海中かいちゅう水族館すいぞくかんに連つれて行いってもらったとき、丸まるい窓まどに手てと顔かおをべたーっとはり付つけて外そとの海うみを眺ながめていた感覚かんかくと似にている。

  太陽たいようの光ひかりに反射はんしゃして銀色ぎんいろに輝かがやく魚さかなたち、彩いろどり豊ゆたかな珊さん瑚ご礁しょう。それに、自分じぶんがまだ知しらない生物せいぶつがいると思おもうと好奇心こうきしんをかき立たてられるという気持きもち。

  でも、私わたしの目めの前まえにある「青あおいもの」はもちろん海うみではない。しかし、海うみと同等どうとう、いや、それよりもずっと広大こうだいで、秘ひめたる可能性かのうせいを持もっていて、人ひとには理解りかいし得えないであろう進化しんかを続つづけている。それも海うみの生物せいぶつの種類しゅるいが増ふえることや、海底かいていの形かたちが変かわっていくよりも遙はるかに早はやく。

 

  いったい、「彼かれら」はどこに行いくのだろう。何なにをするのだろう。ある程度ていど予想よそうはできるが、それが限界げんかいでは決けっしてないだろう。

  なんだか、ちょっと笑わらってしまう。

  人ひとは自分じぶんで水槽すいそうを作つくって魚さかなを泳およがせ始はじめたにも関かかわらず、今いまではその底そこが見みえなくなっているんじゃないかと。

 

  魚さかなの絵えが描えがかれたマグカップのコーヒーを飲のみ干ほし、軽かるく水みずで濯すすぐと、再ふたたびドリンクサーバーのカップホルダーに置おく。

  ちょっと迷まよった後あと、緑茶りょくちゃのボタンを押おした。

 

2

  「多た機能きのう対話型たいわがた学習がくしゅうAIエーアイロボット」の製造せいぞうには、人間にんげんによる起き動どうテストと会話かいわテストが必須ひっすの工程こうていとされている。どこかの役所やくしょがそういうことにしたらしい。ロボ工場こうじょうの従業員じゅうぎょういんにしてみれば、その役所やくしょの下請したうけが作つくったらしい試験しけん要領ようりょうに沿そって淡々たんたんと作業さぎょうを進すすめるのみだ。

  仕事しごとと割わり切きってはいるけど、こんなに便利べんりなロボットとAIエーアイなんだから、会話かいわテストだってAIエーアイとやればいいのにと、ぶつぶつと呟つぶやく。少すくなくとも、この道みち数十年すうじゅうねんのプロというわけでもない普通ふつうの人間にんげんよりは正確せいかくかつ早はやくテストが終おわりそうなものだ。

  仕切しきりのガラスにはテストの進しん捗ちょくがリアルタイムで表示ひょうじされている。その向むこう側がわには、高齢こうれいだがまだ健康けんこうそうな男性だんせいが腰こし掛かけていて、お茶ちゃを飲のみながら開発かいはつ部ぶから回まわされたAIエーアイロボットの製造せいぞう指示しじを眺ながめている。思おもえば、数年前すうねんまえまでは自動じどう走行そうこう車しゃ工場こうじょうの生産せいさんラインロボだとか、スーパーマーケットの商品しょうひん補充ほじゅうロボだとか、いわゆる工業こうぎょう・商業しょうぎょう用ようがほとんどだったが、ここ最近さいきんは一般いっぱん家庭かてい用ようの家事かじ全般ぜんぱんができる人型ひとがたの多た機能きのうロボの生産せいさんが増ふえている。とうとうAIエーアイロボットが家庭かていにまで入はいる時代じだいに、人ひとに寄より添そって暮くらす時代じだいにまで来きたかと。時間じかんの問題といだいだったが、いざそういう社会しゃかいが近ちかづいてみると何なにやらもどかしい気きもしてくる。

 

  「ん~、この子こはオッケー!」テストルームにあるイスから伸のばした両手りょうてが現あらわれる。背せもたれが大おおきく倒たおれ、上下じょうげが逆ぎゃくになったしかめっ面つらの女性じょせいの表情ひょうじょうからは、声こえを発はっさずとも「めんどくさい」と聞きこえてくるようだ。

  「はぁー。なんでAIエーアイが自分じぶんで全部ぜんぶやってくれないんすかねぇー」

  「リンちゃんもこっち来きてお茶ちゃ飲のむか?全ぜん自動じどう栽培さいばいものの茶葉ちゃば一〇〇ひゃく%パーセントだぞ」

  青々あおあおとした美うつくしい茶畑ちゃばたけをバックに、名前なまえは忘わすれたが若者わかものに人気にんきのタレントがお茶ちゃを飲のんでいる広告こうこくがドリンクサーバーに表示ひょうじされている。昔むかし、四し~五〇人ごじゅうにんくらいのアイドルグループが好すきだったなぁなんて思おもいながら見みていると、すぅーとガラスのドアがスライドして開ひらく音おとがした。

  「もー!  休憩きゅうけい! タカさん、一〇分じゅっぷんくらい外はずします! あ、お茶ちゃもらっていきまーす!」

  「はは、一緒いっしょにお茶ちゃしようと思おもったら振ふられちゃったか」

3

 

  「さーてと、次つぎはどの子こかなっと!」

  休憩きゅうけいから戻もどりお茶ちゃが入はいっていたタンブラーを傍かたわらに置おく。イスの背せもたれを元もとの位置いちに戻もどして両りょう頬ほほを軽かるく叩たたく。テストルームにはまだまだ多おおくのロボットの個体こたいがあるという現実げんじつを前まえに自みずからを奮ふるい立たたせると、火ひが入はいってないロボットの空くう虚きょな目めと再ふたたび向むき合あう。

  「防ぼう水すい防ぼう塵じん耐たい衝しょう撃げき試験しけんの問題もんだいはなし。家事かじ一般いっぱんの動作どうさテストの挙動きょどうも問題もんだいなし。人類じんるいの心理しんり・会話かいわ・行動こうどうデータパックも最新型さいしんがたをインストール済ずみ、と…」

  すでにAIエーアイによる製造せいぞうライン監視かんしをくぐり抜ぬけてきた良りょう質しつの個体こたいだ。そんな粗あらは見みつかるはずも無ない。だが、生活せいかつに密着みっちゃくするロボットだ。何なにかあったらまたロボットに対たいする批判ひはんが噴出ふんしゅつするかもしれない。こんなに便利べんりでありがたい存在そんざいなのに使つかいづらくなってたまるかと思おもえば、それなりに真面目まじめに取とり組くむ気きになれる。

  認証にんしょうを受うけた製造せいぞう工場こうじょうのテストルームにしかない特殊とくしゅなシステムでないと、AIエーアイロボットのメンテナンスモードは立たち上あげることができない。休憩きゅうけい前まえまで何度なんどとなく繰くり返かえしてきた動うごきと同おなじように、正確せいかくかつ効率こうりつよく出荷しゅっか前まえの従業員じゅうぎょういんテストモードの行程こうていを進すすめていく。

  「おはよう。わたしはリン。テストモードの間あいだの数分間すうふんかんだけの付つき合あいだけどよろしくね」

  「おはようございます。私わたしはFDエフディーシステム社しゃ製せい多た機能きのう対話型たいわがた学習がくしゅうAIエーアイロボット製造せいぞう番号ばんごうDPSIディーピーエスアイ―5735です。よろしくお願ねがいします。リンさん」

  「…うん。ちゃんと認識にんしきできているみたいね」

  世よにある対話型たいわがたロボットにはみんな固有こゆうの名前なまえが付つけられている。利用りようされている現場げんばならば各々おのおのの名前なまえを名乗なのるだろう。購入こうにゅう後ごに必かならずユーザーが設定せっていすることになっており、ユーザー(または家族かぞく、企業きぎょうであれば管理かんり担当たんとうの職員しょくいんなど)の声こえで命名めいめいしてもらう。ユーザー登録とうろくのようなものだ。

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今いまはテストなのでこういう名乗なのり方かたになるのだが、いかにもロボットっぽい一面いちめんを見みている気きがして、このモードを設定せっていした人ひとは昔むかしのSFエスエフが好すきなんじゃないかと思おもうことがある。現げんに、昔むかしの映画えいがでよく見みた金色きんいろの翻訳ほんやくロボットと同おなじ名前なまえを設定せっていした年配ねんぱいの方かたを複数人ふくすうにん知しっている。憧あこがれが現実げんじつになってうれしいのはわかるが、クラシック映画えいがの設定せっていじゃこの時代じだいの子供こども達たちには受うけないかもしれないな。

  動作どうさ確認かくにんテストとはいえ、ただ動うごかすだけではもったいない。何なにかやってもらおう。手元てもとのデバイスに表示ひょうじされているテスト実施じっし要領ようりょうには「こんな問といかけをしてみましょう」という記載きさいの下したにごくごく基本的きほんてきな動作どうさを要求ようきゅうするような質問しつもんが並ならんでいる。「そこのソース取とってくれないか?」というのもあるが、さすがにコロッケ定てい食しょくを食たべながら仕事しごとをする程ほど熱心ねっしんではない。というか、何なんだこの質問しつもんは。マニュアル作成さくせい者しゃのロボットのイメージがわからないし、テストの現場げんばをどこだと思おもっているんだ。

  「もー!  こんなしょうもないこと書かいてあるんだからまったく…」

  「お疲つかれのようですね。タンブラーにお茶ちゃのおかわりを入いれてお持もちしましょうか」

  さすが、というかもはや当あたり前まえだが、私わたしの表情ひょうじょうや言葉ことば、目め(カメラ)に入はいる映像えいぞうから得えられる情報じょうほうから提案ていあんしてきた。これができればテストは問題もんだいないだろう。

  「緑茶りょくちゃにはテアニンというアミノ酸さんの一種いっしゅが多おおく含ふくまれていまして、リラックス効果こうかや疲ひ労ろう回復かいふくにも…」

  「わかったわかったわかった!ありがとう!お願ねがいするわ」

  「かしこまりました」

 

  「タカさーん、本日分ほんじつぶんのチェック終おわりでーす。私わたしはもう出でるので、何なにかあったらメッセージ送おくってください」

  「はい。お疲つかれ様さま―」

  ロボットがお茶ちゃをドリンクサーバーに取とりに来きたのは何時間なんじかん前まえだったか。気きがついたら終おわったようだ。テストルームのライトが消きえ、リンはコートとバッグを小こ脇わきに抱かかえながら部屋へやを出でて、足あし早ばやに自動じどう運転うんてんバス乗のり場ばに向むかっていく。小学生しょうがくせいのやんちゃな子供こどもが可愛かわいくて仕方しかたないらしい。

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  デバイス片かた手てに子供こどもにメッセージを送おくるリンが出でて行いくのを見送みおくったあと、ふと、休憩きゅうけい前まえのリンの愚ぐ痴ちが頭あたまをよぎる。

  「全部ぜんぶAIエーアイがやる世界せかいか…」

  平成へいせいの時代じだいが終おわってから何年なんねんが経たっただろうか。かつては自分じぶんもAIエーアイやロボットが普及ふきゅうする礎いしずえを築きずくために汗あせをかいたものだ。確たしかに技術ぎじゅつは目覚めざましいスピードで進化しんかした。例たとえば、今いま勤つとめている工場こうじょうのような製造せいぞうラインの仕事しごとはロボットが作業さぎょうに当あたっている企業きぎょうがほとんどだ。なにせ、製品せいひんのエラーや従業員じゅうぎょういんの事故じこが圧倒的あっとうてきに少すくない上うえに作業さぎょうも早はやい。

  これから出荷しゅっかされるAIエーアイロボット達たちもどこかで誰だれかの生活せいかつの助たすけになるだろう。ロボットに限かぎらず、AIエーアイ制御せいぎょによる各かく分野ぶんやの自動じどうシステムのおかげで人間にんげんの暮くらしは大おおきく変かわった。やろうと思おもえば世よの中なかの出来事できごとすべてAIエーアイが管理かんりする時代じだいも空想くうそうの世界せかいの話はなしではない気きがする。

 

「…でも、最後さいごの最後さいごに、責任せきにんってやつだけは相変あいかわらず人間にんげんにあるんだよなぁ」

  何なにかを思おもい出だすように少すこし顔かおを上あげて、そして、目めの前まえに浮うかび上あがっている「製造せいぞう番号ばんごうDPSIディーピーエスアイ―5735」の最終さいしゅうテスト結果けっかを確認かくにんし、承認しょうにんを出だした。

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第一章だいいっしょう  世界せかいと

 

この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた

 

あらゆる翻訳ほんやく

目めや耳みみが不自由ふじゆうでも、外国語がいこくごが苦手にがてでも、自分じぶんの選えらんだメニューで会議かいぎの内容ないようを翻訳ほんやくして自じ在ざいに伝つたえるシステム。

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三みつ星ぼしマシン

各地かくちの素材そざいを使つかいつつ、個人こじんの健康けんこう状態じょうたいも加味かみしながら、家庭かていや有名ゆうめいレストランの味あじをAIエーアイが正確せいかくかつ高速こうそくで再現さいげん。

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どこでも手続てつづき

24時間じかん受付うけつけのネット窓口まどぐちが当あたり前まえとなり、画面がめんをさわると現あらわれる忠実ちゅうじつで有能ゆうのうな執しつ事じロボが、お役所やくしょイメージを刷新さっしん。

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らくらくマネー

支払しはらいは完全かんぜんキャッシュレス。購こう買ばい履り歴れきの作成さくせいや信用しんようデータの形成けいせいも自動化じどうかでき、家計かけい管理かんり・借入かりいれや各種かくしゅ申告しんこくも簡単かんたんに。

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  「面接めんせつは以上いじょうとなります。結果けっかは追おってお伝つたえします。本日ほんじつはありがとうございました」

  「Terimaテリマ kasihカシー  banyakバニャク(ありがとうございました)」

  軽かるく息いきをつき、同どう席せきしていた上司じょうしにもお疲つかれ様さまでしたと軽かるく会え釈しゃくをした後あと、ふとオフィスを眺ながめる。

  (入社にゅうしゃしたときからは随分ずいぶんと変かわったもんだ)

  ケンスケはそうひとり心こころの中なかでつぶやいた。労働力ろうどうりょく人口じんこう減少げんしょうの解消かいしょう策さくとして、多おおくの企業きぎょうが外国人がいこくじん労働者ろうどうしゃの積極的せっきょくてきな雇用こように踏ふみ切きった。ケンスケの会社かいしゃも国際こくさい色しょくあふれる光景こうけいが広ひろがっている。外国人がいこくじん労働者ろうどうしゃの受うけ入いれを加速化かそくかさせたのが、自動じどう翻訳ほんやく技術ぎじゅつの飛躍的ひやくてき向上こうじょうだ。義務ぎむ教育きょういく以降いこうの語学ごがくに真剣しんけんに取とり組くんでこなかったケンスケであったが、自動じどう翻訳ほんやく技術ぎじゅつによって何なに不自由ふじゆうなくコミュニケーションをとることが出来できている。

  「東ひがしアジアに、東南とうなんアジアに、中東ちゅうとうに、アフリカと、あとそれから日本人にほんじん」

  確認かくにんするように今日きょうの面接めんせつ者しゃを指ゆび折おり数かぞえた。面接めんせつの目的もくてきは、東南とうなんアジアでの通信つうしんインフラの整備せいびプロジェクトに必要ひつような人材じんざいを、プロジェクトリーダーとして採用さいようすることであった。面接めんせつは、日本語にほんごを話はなすケンスケ、英語えいごを話はなす上司じょうし、そしてそれぞれの母国語ぼこくごを話はなす面接めんせつを受うけに来きていた人ひとたちなどの様々さまざまな言語げんごが飛とび交かうが、翻訳ほんやくデバイスを通とおすことで、タイムラグはほぼ無なしに、あらゆる言語げんごに翻訳ほんやくされる。他ほかにも、履り歴れき書しょなどの文書ぶんしょをカメラが付ついたアイウェア越ごしに見みれば、あらゆる言語げんごに翻訳ほんやくされてレンズに表示ひょうじされる。さらに、多た言語げんご翻訳ほんやくにとどまらず、バリアフリーを見据みすえた機能きのうも搭とう載さいしている。聴覚ちょうかくに障害しょうがいがある人ひとには、相手あいてが話はなした内容ないようを、タブレット上じょうに表示ひょうじし、視覚しかくに障害しょうがいがある人ひとには、音声おんせいで聞きこえるようにすることも出来できる。まさに「あらゆる翻訳ほんやく」である。

  ケンスケの勤つとめる会社かいしゃでも体からだの不自由ふじゆうな人ひとが数かず多おおく働はたらいているが、会社かいしゃの経営けいえい陣じんがVRブイアールで障害しょうがいを持もつつ人々ひとびとの世界せかいを疑ぎ似じ体験たいけんすることでオフィス内ないの問題点もんだいてんを洗あらい出だしバリアフリーを徹底てっていして進すすめてきた。

7

その結果けっか、言語げんごだけでなく、あらゆる場面ばめんで障害しょうがいを持もつつ人々ひとびとにフレンドリーな企業きぎょうとして世界的せかいてきに有名ゆうめいになり、今いまでは世界せかい各国かっこくから入社にゅうしゃ希望きぼうのエントリーが届とどくようになった。

 

  「よしっ。じゃああとはAIエーアイ様さまにお任まかせしてっと」

  面接めんせつの所感しょかんを、業務ぎょうむ用ようタブレットに保存ほぞんし、AIエーアイによる分析ぶんせきも踏ふまえて採用さいよう可否かひを判断はんだんしていくことになる。ケンスケが就職しゅうしょく活動かつどうをした時ときは、確認かくにんに確認かくにんを重かさねるかのように採用さいようプロセスがとられていたが、今いまは面接めんせつ用ようAIエーアイが登場とうじょうし、評価ひょうかの部分ぶぶんも担になうようになることで、そうした確認かくにん作業さぎょうはあまり意味いみをなさなくなり、随分ずいぶんと人事じんじ部門ぶもんの働はたらき方かたも変かわった。面接めんせつ用ようの専門せんもんAIエーアイは何十万なんじゅうまん、何百万人なんびゃくまんにんもの人間にんげんと面接めんせつを重かさねることで精度せいどを高たかめている。

 

  「お疲つかれさん。良よさそうな人材じんざいはいたか?」

  自じ席せきに戻もどると、隣となりの席せきには商品しょうひん開発かいはつ部ぶで働はたらく同期どうきのアンディが陣取じんどっていた。ちなみにアンディは幼おさない頃ころから日本にほんアニメに惹ひかれ、日本語にほんごが堪能たんのうであるため、ここでは「あらゆる翻訳ほんやく」の活躍かつやくは不要ふようだ。

  「おう。現地げんちの状況じょうきょうをよく理解りかいしていたよ。この人材じんざいたちは一体いったいどこで、って上うえ司しも満足まんぞくしている感かんじだったよ」

  「そうか、良よい収穫しゅうかくがありそうだな」

  そう話はなす二人ふたりだが、周まわりは閑かん散さんとしている。会社かいしゃに来こなくても、遠えん隔かくでセキュアに仕事しごとができるようになってからというもの、通勤つうきんの手間てまを厭いとう勤つとめ人にんは仕事しごとの場ばを会社かいしゃの外そとに求もとめた。会社かいしゃのスペースは大おおきく減へり、出しゅっ社しゃした人間にんげんは部署ぶしょ問とわず固かたまって席せきに着ついている。それぞれ出しゅっ社しゃの理由りゆうは様々さまざまだ。ケンスケは家庭かてい以外いがいにそこに行いけば自分じぶんの居い場所ばしょが用意よういされているという安心あんしん感かんが欲ほしかった。気きさくで人ひと当あたりが良よいアンディは、会社かいしゃに来きて社員しゃいんと会話かいわすることが楽たのしいそうだ。

  アンディは椅子いすに座すわったままこちらに身みを寄よせてこちらと肩かたを組くみ、耳みみ打うちしてきた。

  「今日きょうの昼ひる、ユイと飯めし食たべるんだけど一緒いっしょに行いかねぇ?」

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  「久ひさしぶりだなあ、ユイ。行いく行いく。場所ばしょは?」

  「この前まえAIエーアイが拾ひろってきた記事きじに載のってた店みせ。美味うまいらしい」

  「分わかった」

 

  昼休ひるやすみを知しらせるチャイムが鳴なるや否いなや、アンディと社しゃ外がいに飛とび出だす。

  店みせの入いり口ぐちで端末たんまつをかざし、店内てんないに入はいると、奥おくのテーブル席せきにはユイが先さきに座すわっていた。

  「よっ、『社しゃ畜ちく』諸君しょくん、元気げんきにやってる?」

  人口じんこう減少げんしょうの余よ波はは外国人がいこくじん労働者ろうどうしゃの積極的せっきょくてき導入どうにゅうだけでなく、副業ふくぎょうの積極的せっきょくてきな推進すいしんにまで及およんだ。自分じぶんの時間じかんを切きり売うりして働はたらく人ひとも増ふえ、企業人きぎょうじんという概念がいねんも薄うすれつつある。会社かいしゃに残のこる同期どうきも減へった。ユイもそうした副業ふくぎょうの割合わりあいが増ふえた結果けっか、会社かいしゃを辞やめた一人ひとりだ。

  「俺おれらは一人ひとりの人ひとしか愛あいせないんだよ。な? ケンスケ」

  「四〇よんじゅう過すぎて独どく身しんのお前まえに同意どういを求もとめられたくねぇよ。ユイ、お前まえだって集団しゅうだん面接めんせつの時とき、『この会社かいしゃの社しゃ風ふうに惹ひかれました。』とか言いってたじゃねぇか」

  「よくそんな昔むかしのこと覚おぼえてるね。だって、今いまの方ほうが稼かせげるんだもん。さっ、ご挨あい拶さつはそれくらいにして、早さっ速そく注文ちゅうもんしよ。ここ私わたしも来きたかったんだ」

  「今日きょうのお勧すすめは?」

  ケンスケはテーブル上じょうに置おかれたスピーカーに声こえをかける。

  「今日きょうは大和やまと鶏どりがおすすめです。魚さかなは大分おおいた産さんのアジが入はいっています」

  「んー、じゃあ肉にくの方ほうで。ご飯はんは大盛おおもりで」

  スピーカーにしゃべりかけたところ、ケンスケの個人用こじんよう端末たんまつから女性じょせいの声こえがした。

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  「旦那様だんなさま。最近さいきん不ふ摂せっ生せいな生活せいかつが続つづいておりますので、ご飯はんは普通ふつうにしてはいかがでしょうか?」

  ケンスケの個人用こじんようの端末たんまつに入はいっている自分じぶん用ようのAIエーアイが助言じょげんをしてくる。

  「いいの、大盛おおもりで」そう端的たんてきに告つげる。

  「うわー、ケンスケってば奥おく様さまいるのに自分じぶんのAIエーアイに『旦那様だんなさま』って呼よばせてるわけ? ちょっと引ひいちゃうなー」

  ユイがふざけて軽蔑けいべつするような眼差まなざしを向むけてくる。その様子ようすをみたアンディもポケットから上機嫌じょうきげんな表情ひょうじょうで自分じぶんの端末たんまつを取とり出だし、ひょろりとした体格たいかくで赤あかいジャケットを着きた男性だんせいが映うつった画面がめんを見みせつけてきた。どこかで見みたことのあるキャラクターを真似まねして作つくられているようだ。

  「俺おれはAIエーアイに『とっつぁん』って呼よばせてるぜ」

  それはそれでどうかと思おもう、とユイは嘆たん息そくしてから、自分じぶんの端末たんまつを手てに取とった。画面がめんを見みつめ、一瞬いっしゅん表情ひょうじょうを緩ゆるめたのちに、自慢じまん気げに二人ふたりに画面がめんを見みせびらかせてきた。

  「やっぱ、癒いやしをくれるのは動物どうぶつでしょ。見みてよこれ、うちのワンちゃん。かわいいんだ」

  ユイが示しめした画面がめんには、銀色ぎんいろの毛並けなみで凜々りりしい顔かお立だちをした犬いぬが映うつっていた。今いまや誰だれもが端末たんまつに自分じぶん用ようのAIエーアイを持もち、自分じぶんの思おもい通どおりにカスタマイズされている。ケンスケのAIエーアイも半日はんにちかけてキャラクリエイトして作つくり上あげたものだ。

  自分じぶんたちのAIエーアイを紹介しょうかいし終おえたところで、各々おのおのの端末たんまつをテーブルの上うえに置おき、向むかい合あわせる。こうすることで、AIエーアイ同どう士しも「会話かいわ」をはじめるのだ。「会話かいわ」といっても、例たとえばアンディのAIエーアイがこの店みせの記事きじを拾ひろってきたように、それぞれのAIエーアイが持もち主ぬしの趣味しゅみ嗜し好こうに合あわせて拾ひろってきた記事きじや情報じょうほうを端末たんまつ同どう士しの無線むせん通信つうしんで共有きょうゆうして、話題わだいや流行りゅうこう、トレンドの情報じょうほうを並列化へいれつか・高度化こうどかしている。それでいて持もち主ぬしのパーソナルな情報じょうほうは漏もらさないところはしっかり設計せっけいされている。

  こうしている間あいだ、厨房ちゅうぼうではロボットたちが料理りょうりを作つくっている。この店みせでは、家庭的かていてきな料理りょうりから一流いちりゅうシェフが作つくるようなレシピまで、さまざまなメニューを持もち前まえの精密せいみつ動作どうさで再現さいげんするAIエーアイコックが調理ちょうりしている。

 

  「でさ、この前まえ、甥おいっ子こが実じっ家かに彼女かのじょを連つれてくるって連絡れんらくがあってさ」

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  料理りょうりが運はこばれてきたところで、ユイがパシャパシャと写真しゃしんを撮とりながら切きり出だしてきた。

  「でね、行いってみたらその彼女かのじょがヒューマノイドだったわけよ。もう、これが甥おいっ子この趣味しゅみ全ぜん開かい。姉あねに彼女かのじょを紹介しょうかいしてきた時ときの状況じょうきょう聞きいたんだけど、姉あねの旦だん那なは腰こし抜ぬかしてたって」

  「へぇー、今いまの若わかい子こってそこまで来きてるの?」

  ケンスケが驚おどろきの声こえを上あげる。

  「ああ、そういえばうちの会社かいしゃの若わかい子こもそういう子こいるとか聞きいたわ。あんまり公言こうげんはしてないみたいだけど」

  アンディがふと思おもい出だしたように漏もらした。

  「マジ?」

  ケンスケは思おもわずアンディの方ほうを振ふり向むいて尋たずね、アンディも「マジ、マジ」と応おうじた。

 

  料理りょうりを食たべ終おわったころに、端末たんまつがメッセージの受じゅ信しんを知しらせた。宛名あてなを見みてみると妻つまのサトミからである。

  【キヨタカとハルカの予防よぼう接せっ種しゅの予よ約やく、忘わすれてないよね】

  (忘わすれてた)

  「すまん、ちょっと席せき外はずす」

  食しょく後ごのコーヒーを楽たのしむ二人ふたりに断ことわってからテーブルを離はなれ、端末たんまつからAIエーアイを呼よび出だす。

  「キヨタカとハルカのインフルエンザの予防よぼう接せっ種しゅの予よ約やくを頼たのむ。できれば今度こんどの土ど日にちの近ちか場ばの病院びょういんで。あと、役所やくしょへの医療費いりょうひ助成じょせいの申請しんせいも一緒いっしょに頼たのめるか?」

  「旦那様だんなさまの御ぎょ意いのままに。個人こじんIDアイディーの情報じょうほうを役所やくしょと医療いりょう機関きかんに提供ていきょうしてよろしいですか」

  「もちろん」

  ここまでやっておけば、あとはAIエーアイがバックグラウンドで役所やくしょのシステムにアクセスし、住民票じゅうみんひょうの情報じょうほうを取得しゅとくして申請しんせい様式ようしきを埋うめてくれる。

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必要ひつような作業さぎょうは最後さいごに承諾しょうだくボタンを押おすだけだ。そのため、役所やくしょ窓口まどぐちは今いまや基本的きほんてきに二四にじゅうよ時間じかん三六五さんびゃくろくじゅうご日にちアクセス可能かのうで、わざわざ出向でむく必要ひつようも無ない。最後さいごに役所やくしょに行いったのがいつだったか、記憶きおくがおぼろげですらある。これでサトミに怒おこられることもないと、一安心ひとあんしんして席せきに戻もどると、二人ふたりはコーヒーを飲のみ干ほし、店みせを出でる準備じゅんびをしていた。

 

  「すまん、待またせた」

  「じゃ、出でよっか。流石さすがと認みとめざるを得えない味あじよね。切きる焼やく煮にるくらいはロボットならお手てのものと思おもってたけど、デザートのケーキのスポンジのきめ細こまかさとクリームのなめらかさ。あれは普通ふつうの人間にんげんには真似まねできないわ」

  「お嬢じょう様さま。本日ほんじつのランチの摂せっ取しゅカロリーは八〇〇はっぴゃくキロカロリーでございます」

  会話かいわを遮さえぎるように、ユイの端末たんまつがやや渋しぶめの声こえで知しらせてくれた。どうやらユイが写真しゃしんをしきりに撮とっていたのは、記録きろく用ようと言いうよりは摂せっ取しゅカロリーの計算けいさんをしてもらっていたようで、その結果けっかが出でたようだ。

  「『お嬢じょう様さま』とか、ユイ、お前まえも大たい概がいだな」

  ケンスケはアンディと目めを合あわせて苦く笑しょうした。ユイはややバツが悪わるそうにしきりに照てれていた。

 

  三人さんにんで店みせの出口でぐちまでの少すこし長ながい廊下ろうかを歩あるく。 壁かべにはモンサンミシェルの写真しゃしんが投影とうえいされており、フランスの街まち並なみを満まん喫きつしていると、ピッと電子でんし音おんが鳴なる。このエリアは支払しはらいエリアであるが、それを意識いしきさせることなく通過つうかすることで自動的じどうてきに決済けっさいが行おこなわれる仕組しくみだ。支払しはらい内容ないようは自分じぶんの端末たんまつに表示ひょうじされるようになっている。現金げんきんは端末たんまつに履り歴れきを残のこさないでプレゼントなどの「秘密ひみつにしたい消費しょうひ」をしたいときに使つかうようになった。今いまは、そろそろ来くるサトミの誕生日たんじょうびにサプライズをするべく、現金げんきんは手てにする機会きかいがあるごとにこっそり貯ためている。

 

  ユイと別わかれてから移動いどう中ちゅう、端末たんまつを確認かくにんするとさきほどの予防よぼう接せっ種しゅの申請しんせい様式ようしきがもう出来できていた。問題もんだいなさそうなので承諾しょうだくボタンを押おす。サトミにも「やっておいたよ」と用件ようけんを端的たんてきに伝つたえておいた。

 

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  会社かいしゃに戻もどると、面接めんせつ用ようAIエーアイからさきほどの面接めんせつ者しゃたちの評価ひょうかが終おわったとの通知つうちが来きていた。

  「三人目さんにんめの方かたが優秀ゆうしゅうであると判断はんだんしました。これまでのキャリアにも偽いつわりがないようですし、冷静れいせいさと自信じしんが見みて取とれました。蓄積ちくせきされた過去かこの面接めんせつ者しゃのビッグデータからも上位じょうい三割さんわりの能力のうりょくを有ゆうしていると思おもわれます。あとは一人目ひとりめの方かたか五人目ごにんめの方かたでしょうか。三人さんにんとも採用さいようしてもよろしいかと思おもいます」

  AIエーアイは面接めんせつ者しゃのバイタルや視線しせんの動うごき、声こえの調子ちょうしも合あわせて評価ひょうかしているようだ。

  「一人目ひとりめよりは四人目よにんめの方ほうがコミュニケーションもかみ合あっていたと思おもうんだけどな」

  AIエーアイにメッセージで反論はんろんしてみる。

  「四人目よにんめの方かたも悪わるくはないのですが、やや勇いさみ足あし過すぎるきらいがあると考かんがえます。また、私わたしが考かんがえるこのプロジェクトの重要性じゅうようせいを考かんがえると、情報じょうほうの整理力せいりりょくや分析力ぶんせきりょくにおいて、少すこし力ちから不足ぶそく感かんがあると思おもいます」

  そんなやりとりを続つづけ、

  「じゃあ、報告ほうこく資料しりょうをまとめておいてくれる?」

  AIエーアイとのメッセージを終おえる。

  「あとはAIエーアイ様さまの御ぎょ意いのままに、上うえに判断はんだん仰あおぎますか」

  ただちに、AIエーアイが最終的さいしゅうてきな採用さいよう案あんをまとめ、上司じょうしへの報告ほうこくを行おこなったが、AIエーアイの判断はんだんには特とくに異いを挟はさむつもりはないようで、この採用さいよう案あんで進すすめることとなった。

 

  その後ご、面接めんせつ者しゃへの通知つうち準備じゅんびや採用さいよう者しゃの契約けいやく手続てつづきの準備じゅんびを進すすめていると空そらに茜あかねが射さしてきた。時計とけいを見みると一六じゅうろく時じ半はん過すぎだ。今日きょうは朝あさ型がたの勤務きんむをしたので、ここらで仕事しごとを切きり上あげることにする。

 

  家いえに到着とうちゃくし、玄関げんかんを開あけると、ハルカが「パパおかえり」といいながら出迎でむかえてくれる。

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ハルカは昨晩さくばんから熱ねつを出だして今日きょう保育園ほいくえんを休やすんだがもう元気げんきいっぱいの様子ようすだ。

  夕食ゆうしょく、そして家族かぞくとの団だんらんの後あと、テーブルにはケンスケと妻つまのサトミ、そしてAIエーアイロボットのアイコ。夫婦ふうふのお互たがいの決きめ事ごととして、大事だいじな話はなしの時ときにはアイコを同どう席せきさせるようにしている。アイコも積極的せっきょくてきに発言はつげんはしないが、発言はつげんを求もとめると客観的きゃっかんてきなコメントをしてくる。

  今日きょうのお題だいは家いえの購入こうにゅうである。今いまの部屋へやはハルカが生うまれる前まえから借かりているものであり、ハルカもだいぶ大おおきくなって手て狭ぜまになってきたということで、そろそろ家いえの購入こうにゅうも視野しやに入はいってきている。

  「自分じぶん用ようの書しょ斎さいがあったら、家いえで仕事しごとするようになって家族かぞくと過すごす時間じかんがもっととれるようになると思おもうんだけどな」

  家族かぞく会議かいぎの冒頭ぼうとう、ぼそっと要望ようぼうを告つげてみる。

  「はいはい。そういってやったとこ見みたことないわよ」

  「いやいや本当ほんとうにそう思おもってるんだ。こんなにもAIエーアイが仕事しごとを代替だいたいする時代じだいになると、若わかいときには想像そうぞうつかないくらい自分じぶんに余裕よゆうが出でてきて、考かんがえ方かたも変かわってきたって実感じっかんするよ」

  ケンスケの言葉ことばを聞きいて、サトミはうれしく思おもった。その気持きもちは素直すなおに出だせずにサトミは会話かいわを続つづける。

  「でもまずはハルカの個こ室しつでしょ、それからもう少すこしリビングを大おおきくしたいかな。あ、そうそう、あとはアイコが広ひろいシンクのついたシステムキッチン欲ほしいって言いってたわよ」

  「嘘うそ付つけ」

  「そんなことないわよ。もっといいキッチンならアイコも料理りょうり美味おいしく作つくれるわよね?」

  「…」

  「ほら。アイコだって反応はんのうしないじゃないか。まあいいや。部屋へやのことは今後こんご詰つめていくとして、結局けっきょくのところうちがいくら位くらいの家いえを買かえそうか試し算さんしてみるか。アイコ、頼たのむよ」

  「わかりました。それでは、この一年いちねんの収入しゅうにゅう及および購入こうにゅう履り歴れきを指定していの銀行ぎんこうに送そう信しんしてよろしいでしょうか」

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  「ああ、もちろんだよ」

  アイコが自分じぶんとサトミの端末たんまつからそれぞれの購入こうにゅう履り歴れきを、個人こじんIDアイディーから収入しゅうにゅうの情報じょうほうを取得しゅとくしてまとめて指定していの銀行ぎんこうの融資ゆうしシステムに送そう信しんする。最近さいきんでは収入しゅうにゅうだけでなく、大おおきな買物かいものを中心ちゅうしんに支出ししゅつも提出ていしゅつすることになった。「自分じぶんがちゃんとした経済けいざい活動かつどうを行おこなっている人間にんげんである」ということを示しめすために、些さ末まつな支出ししゅつ情報じょうほうであっても銀行ぎんこうに提出ていしゅつし、融資ゆうしAIエーアイに判断はんだんしてもらうのだ。融資ゆうし可能かのう額がくの判定はんていを受うけて、ひとまず今日きょうのところは会議かいぎ終了しゅうりょう。アイコにも良よさげな物件ぶっけんをピックアップしておくようにお願ねがいし、寝しん室しつに向むかった。

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第二章だいにしょう  故郷こきょうと

 

この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた

 

お節せっ介かいロボット

目覚めざめ・歯は磨みがき・着替きがえ・朝食ちょうしょくなどの忙いそがしい朝あさ支度じたくをスムーズに準備じゅんびさせてくれるお節せっ介かいな手伝てつだいロボット。

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職場しょくばスイッチ

複数ふくすうの仕事しごとに就つき、時間じかんの切きり売うりで個人こじんの能力のうりょくを最大限さいだいげん発揮はっき。家いえでもカフェでも、スイッチ1つで切きり替かわるバーチャル個こ室しつで効率こうりつサポート。

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  アイコがドアを開あける音おとでサトミは目覚めざめた。

  「よしっ」

  勢いきおいよく起おき上あがると、そそくさと支度したくを始はじめる。

  「今日きょうは、出社日しゅっしゃびだったか」

  続つづいて起おきてきたケンスケがそう言いいながらリビングへとやってきた。

  「ええそう。あれ、あなた昨日きのう得意とくい気げにコーディネートしてたネクタイと違ちがうけどどうしたの?…まあいいか」

 

  「朝食ちょうしょくをお持もちしました。キヨタカさんも間まもなくやってきますので召めし上あがり下ください」

  アイコは朝あさご飯はんを運はこんで来くるとともに、キヨタカの様子ようすも教おしえてくれた。

  「ありがとうアイコ。出社日しゅっしゃびにこうして家事かじを手伝てつだってくれてほんと助たすかるわ」

  育児いくじや多種たしゅ多様たような仕事しごとをこなすサトミが、心こころに余裕よゆうをもちながら全すべてをこなせているのは、三年さんねん前まえに我わが家やに来きた「お節せっ介かいロボット」、アイコのおかげ。家事かじ全般ぜんぱんをサポートし、家族かぞくを支ささえてくれている。

  「本当ほんとうだよな。先月せんげつだったか、すごい暑あつかった日ひあっただろ。俺おれが一番いちばん早はやく家いえに帰かえって来きた日ひだったけど、家いえ着ついたらエアコン効きいててさ。誰だれだよつけっぱなしで出でかけたのって思おもったら、アイコが付つけてくれていたんだよね。俺おれの端末たんまつを通つうじて外出がいしゅつ先さきからそろそろ戻もどるのがわかっててやってくれたんだよ。アイコに助たすけられたよ。やっぱり学習がくしゅうしていくんだな。いつか俺おれたちなんかより賢かしこくなるのかな」

  「でもあなた、最近さいきん端末たんまつのAIエーアイ変かえたじゃない」

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  アイコがいる傍そばで、サトミが迷めい惑わくな突つっ込こみをしたところで、リビングにキヨタカがやってきた。

  良いいところに来きたとばかりに、ケンスケはキヨタカに声こえをかけ、話はなしているようだ。その一方いっぽうでサトミは、ハルカの体調たいちょうについてアイコに相談そうだんをする。ハルカの今朝けさの状態じょうたいを確認かくにんし、体調たいちょうがまだ回復かいふくしていないので今日きょうは保育園ほいくえんを休やすませること、一日いちにち面倒めんどうを見みることをアイコに指示しじを出だした。

  「お昼ひるご飯はんは消化しょうかが良よくて栄養えいよう価かの高たかいものを食たべさせてね」と最後さいごに付つけ加くわえてリクエストした。

  好こう物ぶつは分わかっているので、おいしく食たべられるものを考かんがえてくれるはず。

 

  「じゃあ行いってくるねー」

  準備じゅんびを終おえたサトミは、ハルカの体調たいちょうが心配しんぱいであったが、時間じかんも迫せまっていたのでそこはアイコに任まかせ家いえを出発しゅっぱつした。

 

  なんとか時間じかん通どおりに出勤しゅっきん。早さっ速そく開発かいはつ担当たんとうのチェンに声こえをかける。

  「おはよう。昨日きのう『職場しょくばスイッチ』から確認かくにんさせてもらった、新製品しんせいひんの相撲すもう稽けい古こ特化型とっかがたロボット『Doどすこい太郎たろう』だけど、旧きゅう型がたの『はっけYOHよういち』と対決たいけつさせてみようか。『Doどすこい太郎たろう』が勝かてば問題もんだいないってことで進すすめましょう」

  「わかりました。『はっけYOHよういち』にも思おもい入いれがあるので、番ばん狂くるわせを期待きたいします。投なげる用ようの座ざ布ぶ団とん、一応いちおう持もってきますね」

  「良いいけど、そしたら開発かいはつ失敗しっぱいって事ことだからね…。なあに言いってんだか」

  「そうでした。『はっけYOHよういち』には酷こくですが、今日きょうが断だん髪ぱつ式しきということになるわけですね」

  こんなことを言いっているチェンだが、一年いちねんのうち大半たいはんは海外かいがいを転々てんてんとして暮くらしている。プロレスや総合そうごう格かく闘とう技ぎなどの分野ぶんやにおいて海外かいがいで開発かいはつされているトレーニング用ようロボットを調査ちょうさし、相撲すもうのレベル底そこ上あげを狙ねらいとした相撲すもう稽けい古こ特化型とっかがたロボットの開発かいはつプロジェクトに還元かんげんできるよう尽じん力りょくしている。この日ひは、日本にほんで暮くらす息子むすこの誕生日たんじょうびであったため、帰国きこくしていた。

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近年きんねんは、このように特定とくていの場所ばしょに定住ていじゅうしない人ひとたちがますます増ふえているが、チェンは税金ぜいきんも収おさめ、社会しゃかい保険ほけんにも加入かにゅうしているれっきとした「国民こくみん」だ。

  「二人ふたりとも縁起えんぎの悪わるいことを言いっているなぁ」

  横よこから開発かいはつ担当たんとうの先輩せんぱいであるユウイチがツッコミを入いれる。

  サトミの勤つとめ先さきは、AIエーアイやロボットの、設計せっけい・製造せいぞう、販売はんばい、設置せっち、運用うんよう・保ほ守しゅのライフサイクル全体ぜんたいに携たずさわっているロボットメーカーだ。もともとインドの小ちいさなロボット製作せいさく会社がいしゃだったが、いまやこの業界ぎょうかいでは世界せかい最大さいだいの企業きぎょうとなり、サトミはその日本にほん支社ししゃに勤つとめている。昔むかしから機械きかいいじりが好すきで、設計せっけいがやりたくて入社にゅうしゃしたが、「設計せっけいから運用うんよう、さらにはその機器ききが社会しゃかいにどんなインパクトを与あたえるか、それを考かんがえるのがデザイン」との創そう業者ぎょうしゃの思想しそうのもと、設計せっけいから運用うんようまで、全すべての部署ぶしょを経験けいけんし、いまではそれらの部署ぶしょを統括とうかつする部署ぶしょにいる。

  この相撲すもう稽けい古こ特化型とっかがたロボットのプロジェクトはユウイチのアイデアから始はじまった。ユウイチは現在げんざい八〇歳はちじゅっさいになるが、以前いぜん勤つとめていた保険ほけん会社がいしゃを定年ていねん退職後たいしょくごに、スキル転換てんかん支援しえん制度せいどを活用かつようして大学だいがくに通かよい始はじめ、ロボット工学こうがくを専攻せんこうしたらしい。

  その後ご、今いまの会社かいしゃに入社にゅうしゃし、昔むかしから好すきであった相撲すもうにロボットを活いかせないかと考かんがえ、旧型きゅうがたの『はっけYOHよういち』が誕生たんじょうした。ユウイチのように定年ていねん退職後たいしょくごに新あらたな分野ぶんやにチャレンジする人ひとも最近さいきんでは珍めずらしくない。

 

  「では、いきまーす。はっけよーい、残のこった!」

  『どぉぉすこいっ!』

  『んんごっっっつぁああん!』

  ロボット同どう士しが相撲すもうを取とり始はじめ、どっすっ、と重量じゅうりょう級きゅうの音おとがした。双方そうほうのロボットが立たてた音おとは床ゆか、壁かべ、天井てんじょうまでも揺ゆらした。

  「すごい迫はく力りょく。相撲すもう部屋べやで朝あさ稽げい古こ見みてるみたい。やっぱり現場げんばでの仕事しごともまだまだ必要ひつようね」

  そうサトミが言いうのも、今いまや仕事しごとは「職場しょくばスイッチ」によって、周まわりから隔離かくりされたバーチャルかつセキュアな空間くうかんをつくりだし、遠えん隔かく勤務きんむでこなすという働はたらき方かたが広ひろまっている。

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サトミは週しゅう四日よっかは「職場しょくばスイッチ」を利用りようして勤務きんむしているのだ。ただし、週しゅう一回いっかいは、出しゅっ社しゃを義務ぎむづけられている。というのも、ロボットのデザインは、実物じつぶつを人間にんげんの目めで見みたり、肌はだで触ふれたりする必要ひつようがあるためだ。また週しゅう一回いっかいの出しゅっ社しゃで職場しょくばの人ひとと直接ちょくせつ会あうことは、サトミにとっての楽たのしみにもなっている。

  『どぉぉぉぉっっこいっ!!』

  「おおーっDoどすこい太郎たろうがいったあ!」

  『ごっつぁんでした』

  新型しんがた『Doどすこい太郎たろう』の勝利しょうりで幕まくを閉とじた。開発かいはつは順調じゅんちょうのようだ。この先さきは、入社にゅうしゃしてからサトミが一番いちばんこだわりを見みせるようになったデザインを仕し上あげていくこととなるが、今後こんごの進すすめ方かたについての詳細しょうさいな打合うちあわせを行おこなった後あと、サトミは会社かいしゃを後あとにした。午後ごごからは小学校しょうがっこう教師きょうしへとスイッチするのだ。

 

  長ながくAIエーアイ・ロボット関係かんけいの仕事しごとをしていると、明あかるい面めんだけでなく、セキュリティや倫りん理りといった面めんも考かんがえさせられる。ロボットを含ふくむ様々さまざまなモノがインターネットにつながる世よの中なかで、ハッキングされたロボットが暴ぼう走そうした事故じこもこの間あいだあったばかり。自動じどう走行そうこう車しゃもいまや当あたり前まえだが、AIエーアイが、事故じこを回避かいひできないとの判断はんだんの下もとで、三名さんめいの歩行者ほこうしゃより一名いちめいの運転手うんてんしゅの安全あんぜんを優先ゆうせんし、歩行者ほこうしゃが負傷ふしょうしたという事案じあんが起おきた時ときには、社会的しゃかいてきな議論ぎろんを巻まき起おこした。AIエーアイやロボットの光ひかりと影かげ、その狭間はざまでなんだかモヤモヤしていたとき、教師きょうしという副業ふくぎょうに導みちびかれたのは一年いちねん前まえのことだ。生うまれ育そだった故郷こきょうの小学校しょうがっこう教師きょうしである友人ゆうじんから、

  「月つきに一回いっかい遠えん隔かくで授業じゅぎょうしてみない?」と誘さそいを受うけた。

  「AIエーアイで子こどもが勉強べんきょうする時代じだいに私わたしが教おしえることなんてあるの?」

  「サトミが今いまやっている仕事しごととか、そこで感かんじていることをみんなに話はなしてくれればいいよ。現役げんえきのロボットメーカーに勤つとめる者ものとして、プログラミングやテクノロジーの教育きょういくの授業じゅぎょうを行おこなってくれる人ひとが求もとめられているのよ」

  そう言いわれ、最初さいしょは困惑こんわくしながら始はじめた遠えん隔かく授業じゅぎょうだったが、今いまではこの仕事しごとを引ひき受うけて本当ほんとうによかったと思おもっている。

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一昔いちむかし前まえなら「フリーランス」とか言いわれていたかもしれないが、今いまでは、サトミのように自みずからのスキルや能力のうりょくを時間じかん単位たんいで「切きり売うり」して所得しょとくや生いきがいを充実じゅうじつさせようとするライフスタイルは当あたり前まえのものになっている。

 

  「すごぉい。それサトミ先生せんせいがつくってるの!」

  「イカしてる! おれもそういうのつくる仕事しごとやりてえ」

  目めを輝かがやかせる子供こどもたちと接せっする中なかで、自分じぶんが今いまやっている仕事しごとがもたらす明あかるい未来みらいを強つよく信しんじられるようになった。

  今いまでは、子供こどもたちに明あかるい未来みらいを届とどけるために、AIエーアイやロボットの光ひかりと影かげの双方そうほうを受うけ入いれ、自分じぶんに何なにができるのか前向まえむきに考かんがえられるようになった。加くわえて、違ちがう土地とちで暮くらしていても、幼よう少しょう期きを過すごし愛あい着ちゃくのある地元じもとに貢献こうけんできているという実感じっかんもあり、サトミにとって遠えん隔かく授業じゅぎょうは明日あすへの活力かつりょくの源泉げんせんになっている。

 

  今日きょうは、午後ごごの遠えん隔かく授業じゅぎょうの前まえに職員しょくいん会議かいぎが行おこなわれる予定よていだ。近ちかくのお気きに入いりのカフェに入はいり、バーチャルな仕事場しごとばを作つくり出だす「職場しょくばスイッチ」を起き動どうさせる。

  「職場しょくばスイッチ」は、あらゆる情報じょうほうが収集しゅうしゅう・蓄積ちくせきされる社会しゃかいにおいて、ハッキングされないようにセキュリティレベルが調整ちょうせいでき、プライバシーを守まもってくれる優すぐれものだ。アメリカ人じんの英語えいご教師きょうしは母国ぼこくから、下か半はん身しん不ふ随ずいの教師きょうしは自宅じたくからホログラムで会議かいぎに参加さんかしている。

  「時間じかんになりました。職員しょくいん会議かいぎを始はじめます」

  会議かいぎ進行しんこうなどの補助ほじょを行おこなうAIエーアイスピーカーの声こえで会議かいぎが始はじまった。会議かいぎが進すすむ中なか、

  「ちょっと、各かくクラスの生徒せいとの成績せいせきを出だしてくれるかな」

  という教きょう頭とう先生せんせいの指示しじで、補助ほじょAIエーアイが例れい年ねんの成績せいせきの平均値へいきんちと比較ひかくしたデータを映うつし出だした。会議かいぎ内容ないようは自動的じどうてきに記録きろくされ、関係者かんけいしゃに即時そくじ共有きょうゆうされる。発言はつげん一ひとつ一ひとつ気きが抜ぬけないが、AIエーアイが進行役しんこうやくとして各参加者かくさんかしゃの意図いとをくみ取とって適切てきせつな選択肢せんたくしを与あたえてくれるので、意志いし決定けっていのスピードは飛躍的ひやくてきに向上こうじょうした。

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  今日きょうも子供こどもたちの教育きょういく方針ほうしんについて有ゆう意義いぎなディスカッションができたところで、サトミは「職場しょくばスイッチ」の舞台ぶたいを教室きょうしつに移うつし、授業じゅぎょうへと向むかった。

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第三章だいさんしょう  友達ともだちと

 

この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた

 

全ぜん自動じどう農村のうそん

農業のうぎょうなど地じ場ばのなりわいはIoTアイオーティー・ドローン・ロボットが担にない、人手ひとで不足ぶそくや高齢者こうれいしゃの負担ふたんを解消かいしょう。生産性せいさんせいも高たかまり、景観けいかんも維持いじ。

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パノラマ教室きょうしつ

壁かべや天井てんじょう、机つくえがディスプレイになり、プログラミングで作成さくせいしたアプリのデモも表示ひょうじ。VRブイアールではいろいろな地域ちいき・時代じだいの体験たいけん学習がくしゅうが可能かのうに。

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  「キヨタカさん、起き床しょうの時間じかんです」アイコの声こえでキヨタカは目めを覚さます。

 

  「キヨタカ、おはよう。もう朝あさごはんできてるぞ」

  リビングに行いくと、父ちちが良いいところに来きたと言いわんばかりの顔かおをして声こえをかけてきた。

  (朝あさからなんだよ、都合つごうの悪わるいことでもあったのか)と思おもいながらも「おはよう」と一言ひとこと言いってキヨタカは席せきについた。

 

  「さて、今日きょうのニュースは…っと」

  朝食ちょうしょくを口くちにしながらキヨタカはおもむろに新聞紙しんぶんしを広ひろげた。

  「また紙かみの新聞しんぶん読よんでるのか」

  毎朝まいあさ、アイコのニュースダイジェストを聞きいているケンスケはそう言いう。

  「この紙かみの質しつ感かんがいいんだよ。質しつ感かんが」

  まるで違ちがいの分わかる男おとことでも言いいたそうな顔かおだ。平成へいせい、いや、昭和しょうわの時代じだいの資料しりょうでも見みたのだろうか。誰だれの影響えいきょうかは分わからないが、最近さいきんキヨタカは昔むかしの文化ぶんかに敢あえて触ふれ、楽たのしむことがマイブームとなっている。

 

  「ハンカチは持もちましたか?  忘わすれ物ものはありませんか?  今日きょうはお昼ひるから寒さむくなるので一枚いちまい羽織はおっていった方ほうがいいですよ?」

  家いえを出でようとするキヨタカにアイコが尋たずねる。

  「相変あいかわらずお節せっ介かいだなぁ、大丈夫だいじょうぶ、いま着きてるジャケットが自動じどうで温度おんど調節ちょうせつしてくれるから。ハンカチも持もったし」

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  キヨタカはアイコの世話せわ焼やきにも慣なれた様子ようすで答こたえた。

  「キヨタカさん、今日きょうは学校がっこうでプログラミング大会たいかい…」

  「じゃ、行いってきます!」

  アイコが話はなしかけるのをあえて遮さえぎるように言いいながら、靴くつのかかとを潰つぶしながら駆かけ足あしで家いえを出でた。

 

  キヨタカの学校がっこうは家いえから歩あるいて一五分じゅうごふんほど。大人おとなたちが会社かいしゃに行いかない選択せんたくをするようになったことに呼こ応おうするように、最近さいきんでは学校がっこうに毎日まいにち登校とうこうしない子こどもたちも少すこしずつ現あらわれ、社会的しゃかいてきにも許容きょようされるようになってきている。登校とうこうしないことに反対はんたいする人ひとたちもいるが、教室きょうしつ内ないに自身じしんのホログラムを登場とうじょうさせれば、実際じっさいに登校とうこうしているかのようにコミュニケーションを取とることもできる。こうした仕組しくみが導入どうにゅうされたことで、昔むかしだったら会あうことのなかったかもしれない同どう学年がくねんの子こどもたちとも交流こうりゅうの輪わが広ひろがってきている。

  しかし、いくら便利べんりになっても、キヨタカは学校がっこうに行いくのをやめない気きがしている。何度なんどかバーチャル登校とうこうを試ためしたことはあるが、「学校がっこうに行いく」という行為こういにより勉強べんきょうのスイッチが入はいるタイプらしく、バーチャル登校とうこうをした日ひはいまいち授業じゅぎょうに集中しゅうちゅうできなかった。その様子ようすを見みて、サトミが「お父とうさんの遺伝いでんね」と笑わらっていたのをキヨタカは覚おぼえている。

 

  キヨタカが校こう門もんの手前てまえあたりにまで来きた頃ころ、ミチヲの姿すがたが見みえた。同おなじ学年がくねんの男おとこの子こで、キヨタカの親友しんゆうだ。

  「おう! いよいよ、今日きょうだな! お前まえに勝かつためにめちゃくちゃ準備じゅんびしてきたんだぜ。絶対ぜったい負まけないからな!」

  ミチヲに駆かけ寄よると噛かみつくように言いい放はなったが、ミチヲの表情ひょうじょうは、朝あさの光ひかりに照てらされながら一層いっそう自信じしんに満みちているように見みえる。

  「ふふふ、おはよう。今回こんかいも勝かちを譲ゆずるつもりはないよ」

 

  今日きょうは校内こうないで開ひらかれるプログラミング大会たいかい。プログラミングが小学校しょうがっこうで必ひっ修しゅうとなって二十年にじゅうねん近ちかくが経たち、幅広はばひろい世代せだいにもプログラミングが浸透しんとうしてきた。

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高齢こうれい世代せだいでも、地域ちいきのサポーター制度せいどを活用かつようして積極的せっきょくてきにプログラミングを学まなぶ人ひとが増ふえ、プログラム開発かいはつソフトを使つかって自分じぶんの使つかいたいアプリが作つくれる「誰だれでもプログラマー」の時代じだいだ。

  ミチヲはほとんどの勉強べんきょうにおいて他ほかの生徒せいとに遅おくれをとっているが、プログラミングにおいては類たぐい希まれなる才能さいのうを有ゆうしていた。キヨタカはいわゆる秀しゅう才さいタイプで、勉強べんきょうにおいても常つねに学年がくねん一位いちいの成績せいせきを誇ほこっていた。そんなキヨタカでもプログラミングについてはミチヲに対たいし勝利しょうりを収おさめたことは一度いちどもなかった。プログラミング大会たいかいはミチヲに挑戦ちょうせんする、待まちに待まった機会きかいなのだ。

  教室きょうしつに入はいり着席ちゃくせきするなり、

  「ハイ、トム。今日きょうもよろしくね」

  キヨタカが、専用せんようの学習がくしゅう補助ほじょ用ようAIエーアイを呼よび出だすと、端末たんまつの隅すみに人ひとの顔かおのアイコンが映うつし出だされた。トムというのは、パーソナルTAティーエー(Teachingティーチング  Assistantアシスタント)の愛あい称しょうである。社会しゃかい、理科りか、プログラミングの授業じゅぎょうが増ふえ、算数さんすう、国語こくご、英語えいごも難むずかしくなった三年生さんねんせいからは、パーソナルTAティーエーが各生徒かくせいとに与あたえられ、生徒せいとの習しゅう熟じゅく度合どあいに応おうじた、きめ細こまかな学習がくしゅう補助ほじょが実現じつげんされている。例たとえば、社会しゃかいの勉強べんきょうで理解りかいが追おいついていないところがあれば、トムが、VRブイアールシステムを使つかって、世界せかいの地形ちけいや過去かこの風景ふうけいなどを体感たいかんさせてくれる。トムは、キヨタカの先生せんせいであり、コンシェルジュのような存在そんざいでもある。

 

  キヨタカのようにパーソナルTAティーエーと今日きょうの大会たいかいについて打うち合あわせる者もの、和気わき藹々あいあいと雑ざつ談だんを交かわしリラックスする者もの、遅ち刻こくギリギリで駆かけ込こんできて息いきを整ととのえている者もの。チャイムが鳴なったと同時どうじに入にゅう室しつしてきた先生せんせいが言葉ことばを発はっすると、朝あさの教室きょうしつは若干じゃっかんの緊張きんちょうを帯おびる。

  「はーいみんなおはよう。早さっ速そくだけど、今日きょうのプログラミング大会たいかいについて説明せつめいはじめるぞー」

  ひそひそ声ごえの雑ざつ談だんがまだ聞きこえる、喧けん噪そうの余よ韻いんの残のこる教室きょうしつではあったが、キヨタカの目め線せんは睨にらみ付つけるかのように先生せんせい一直線いっちょくせんで、ちょっかいを出だそうとしたクラスメートも躊躇ためらうほどだ。

  「今日きょうの大会たいかいについては、前まえにも説明せつめいしたとおり、みんなには色々いろいろなプログラムパッケージを使つかって、独自どくじのアプリを作つくってもらう。

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その結果けっかについては、作成さくせいしたプログラム自体じたいの質しつを競きそう『技能ぎのう評価ひょうか』と完成かんせいしたアプリを使つかった感動かんどう・面白おもしろさを競きそう『相互そうご評価ひょうか』の点数てんすうの合計ごうけいでランキングにするぞー。みんながんばるように」

  プログラミング大会たいかいは、年ねんに一回いっかい地元じもと大手おおてAIエーアイロボットメーカーが将来しょうらいの技術者ぎじゅつしゃの育成いくせいを目的もくてきに開催かいさいしている。キヨタカの通かよう学校がっこうではこれに全校ぜんこうをあげて参加さんかしている。このメーカーは、AIエーアイ技術ぎじゅつ、ロボット技術ぎじゅつに関かんする幅広はばひろい事業じぎょうを手掛てがける一大企業いちだいきぎょうで、一〇年じゅうねんほど前まえからは、農業のうぎょう分野ぶんやに進出しんしゅつし、農のう場じょう・牧場ぼくじょうの運営うんえいに係かかる自動化じどうかシステムの導入どうにゅうについて注目ちゅうもくを集あつめていた。

 

  三さんか月げつほど前まえに、社会科しゃかいか見学けんがくでこのメーカーの最新さいしん技術ぎじゅつを導入どうにゅうした農のう場じょうに行いった際さいのこと。

  「皆みなさん、これが『全ぜん自動じどう農村のうそん』です。我々われわれの最さい先端せんたんのAIエーアイ技術ぎじゅつとロボット技術ぎじゅつを駆く使しして、ほとんどすべての作業さぎょうの機械化きかいかを実現じつげんしています」

  「農業のうぎょうは、第一次だいいちじ産業さんぎょうといって、歴史れきしがとても長ながい生業せいぎょうなんだ。時代じだいとともに第一次だいいちじ産業さんぎょうに従事じゅうじする人ひとは減へって後継あとつぎ不足ぶそくが深刻しんこくになったけれど、こうしてテクノロジーで解消かいしょうされたんだぞ」

  担当者たんとうしゃに続つづいて先生せんせいも申もうし訳わけ程度ていどに説明せつめいするが、眼前がんぜんに広ひろがる光景こうけいにみんな心こころを奪うばわれている。キヨタカやミチヲも例外れいがいではない。

  「おいおいおい、まじかよすげぇなミチヲ」

  「おう、聞きいたことはあったけど、ほんとに全ぜん自動じどうだ」

  二人ふたりは圧倒あっとうされた。

  キヨタカたちが見学けんがくしたものだけでも、肥料ひりょう散布さんぷ用ようドローンの散布さんぷ量りょうや飛行ひこうルートをAIエーアイを使つかって最適化さいてきかしたり、個々ここの作物さくもつの成せい熟じゅく度合どあいにあわせた管理かんり、自動じどう農のう機きによる耕こう耘うんや収穫しゅうかくのほか、細こまかい作業さぎょうもロボットが行おこなう。地域ちいきの産業さんぎょうがひとつ丸まるごと自動じどうで行おこなわれている。学校がっこうで話はなしは聞きいていたが、規模きぼの大おおきさを肌はだで感かんじることで印象いんしょうは変かわった。見学けんがくだけでなく、農薬のうやく散布さんぷドローンの飛行ひこうプログラムを最適化さいてきかする体験たいけんも行おこない、それ以来いらい、キヨタカにとって全ぜん自動じどう農のう場じょうのような大規模だいきぼなAIエーアイシステムを作つくることは憧あこがれになった。

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  なんでも、三年さんねん前まえには生徒せいとが授業じゅぎょうで作つくったアプリのアイデアが企業きぎょうに採用さいようされ、そのアイデアをベースにサービス化かされたという噂うわさもある。

  (俺おれのアプリも、その先輩せんぱいみたいに企業きぎょうに採用さいようされたりしないかな、なんてな)

  自信じしんがあるからこそ期待きたいせずにはいられない。ミチヲに勝利しょうりし、なおかつ、大人おとなも認みとめるアイデアを出だしたとなれば、自分じぶんはどれだけ大おおきな賞しょう賛さんを受うけるだろうか。大会たいかいが今いまにも始はじまろうとするとき、キヨタカはにやけた顔かおをしていた。

 

  作業さぎょう開始かいしを告つげるブザーが鳴なった。作業さぎょうにとりかかる前まえに、今日きょうやるべきことを頭あたまの中なかで整理せいりした。セキュリティチェックは絶対ぜったいに忘わすれないこと、と特とくに言いい聞きかせ作業さぎょうを開始かいしした。

 

  午前ごぜん一一時じゅういちじ、作業さぎょう時間じかん終了しゅうりょうを知しらせるブザーが鳴なる。やれることはやったとキヨタカは思おもった。続つづいて相互そうご評価ひょうかの時間じかん。あとはこのアプリをみんながどう感かんじるかだ。

  「みんな、アップロードはできたか。では、相互そうご評価ひょうかに移うつるぞ。評価ひょうかはあくまでみんなが行おこなう。それぞれの目めに止とまったアプリを端末たんまつにダウンロードして体験たいけんしてみよう。体験たいけんを通とおして感かんじた心こころの躍動やくどう、感心かんしんを、端末たんまつが感知かんち・数値化すうちかし、評価ひょうかの基準きじゅんとなる点数てんすう『いいね値ち』として加算かさんされる。最終的さいしゅうてきには、AIエーアイが評価ひょうかする技能ぎのう評価ひょうかの点数てんすうとこの相互そうご評価ひょうかによる『いいね値ち』の合計ごうけいが最もっとも多おおい人ひとが今年度こんねんどの優勝者ゆうしょうしゃだ。簡単かんたんだろ?」

  人間にんげんの心こころの動うごきを脳のう波はから感知かんちする技術ぎじゅつは現代げんだいでは広ひろく使つかわれている。「体からだは正直しょうじき」とはよく言いったものだ。

  「それじゃあ評価ひょうかの時間じかんは一時間いちじかん、開始かいし!」

  キヨタカも早さっ速そく、ミチヲが作成さくせいしたアプリをダウンロードし、プレイしつつプログラムのコードを確認かくにんしてみる。

  「…すごい。さすがだな」思おもわずキヨタカの口くちから感嘆かんたんの声こえが漏もれた。

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  (俺おれのアプリで、勝かてるだろうか…)

 

  自分じぶんの作つくったものはこれ以上いじょうのものだっただろうか。一年間いちねんかんミチヲに勝かつために準備じゅんびを進すすめてきた、それでも不安ふあんにならざるを得えなかった。それほどまでにミチヲのアプリが優すぐれているものであると感かんじられた。まさにキヨタカが負まけを意識いしきしたとき教室きょうしつの前方ぜんぽうにランキングボードが表示ひょうじされた。まずはプログラムがちゃんと動うごくのか、また、どれだけ実用的じつようてきなプログラムになっているかをAIエーアイが評価ひょうかする技術ぎじゅつ評価ひょうかの結果けっかだ。一位いちいは……ミチヲ。キヨタカは次ついで二位にい。そして、相互そうご評価ひょうかはまだ進行中しんこうちゅうで、リアルタイムで数値すうちが変かわっていく。現在げんざいはミチヲが一位いちいだが、二人ふたりの「いいね値ち」は僅きん差さで競きそっている。技能ぎのう評価ひょうかでは負まけたが、「いいね値ち」の結果けっか次第しだいでは逆転ぎゃくてんもある。最後さいごまで結果けっかは分わからない。

  (頼たのむ。頼たのむ…)

  祈いのるような心こころ持もちで、残のこりの時間じかん、他ほかの生徒せいとが作成さくせいしたゲームを触ふれた。

  しかし、結局けっきょく、ミチヲとキヨタカの得点とくてん差さが縮ちぢまることはなかった。

  (また負まけた…)

  今度こんどこそ、と強つよく思おもい続つづけてきたキヨタカにとってこの結果けっかはなかなかに応こたえるものだった。

 

  すっかり落らく胆たんしてしまったキヨタカはひっそりと家路いえじについた。

  「ただいま…」

  キヨタカは誰だれにも気付きづかれないよう、自じ室しつに向むかおうとした。が、玄関げんかんで靴くつを脱ぬぎ、顔かおを上あげるとアイコがいた。

  「おかえりなさい、キヨタカさん」

  アイコからプログラミング大会たいかいのことを聞きかれる前まえにその場ばを去さりたかった。

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  「どうしたのですか。体からだの調子ちょうしが悪わるいというわけではなさそうですね」

  ウェアラブルデバイスによってリアルタイムでキヨタカのバイタルデータを把握はあくでき、平常時へいじょうじのキヨタカの声こえの調子ちょうし、表情ひょうじょうをデータとして認識にんしきしているアイコにはキヨタカが落おち込こんでいることが分わかってしまう。

  「大丈夫だいじょうぶ、大丈夫だいじょうぶだから」

  と、キヨタカが自じ室しつに足あしを向むけた次つぎの瞬間しゅんかん、背後はいごからアイコが優やさしく抱だきしめてきた。

  キヨタカは、はっと驚おどろいて体からだを強張こわばらせた。しかし、すぐに堪こらえていたものが溢あふれだし、目めからは大おお粒つぶの涙なみだが流ながれた。

  「くそっ、うぅ…うぅぅ…」

  本当ほんとうは誰だれかに慰なぐさめられたかったのかキヨタカには分わからなかったが、その時ときだけはただ、アイコの配慮はいりょに甘あまえることにした。

 

  一頻ひとしきり泣ないた後あと、キヨタカはアイコに礼れいを言いい、自じ室しつに戻もどった。

  「はぁ…今日きょうは散々さんざんだったな」

 

  「コンコン」

  少すこし経たって、部屋へやのドアがノックされる。

  「はいぃ!」

  ノックの音おとに驚おどろき、キヨタカは思おもわず声こえが裏返うらがえってしまった。ノックの犯人はんにんはアイコだった。

  「アイコ!ど、どうした?」

  「キヨタカさん、夕食ゆうしょくができました。それと…」

  キヨタカに向むかってアイコは続つづける。

  「私わたしは、キヨタカさんにとって『お姉ねえさん』になれていますか?」

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  アイコの口くちから発はっされた言葉ことばはキヨタカの想像そうぞうだにしないものだった。

  「へ…。お姉ねえさん?  …なんだそれ…。そんなの知しらないよ! もう出でて行いって!」

  キヨタカはそう言いい放はなち、アイコを部屋へやから追おい出だした。突然とつぜん「お姉ねえさん」って、なんなんだよ。

 

  その後ご、今度こんどはサトミが呼よびに来きて、キヨタカは渋々しぶしぶダイニングへ向むかった。始はじめは気きまずく感かんじていたキヨタカであったが、ケンスケとハルカの相変あいかわらずのペースに乗のせられ、気付きづけばいつもの食卓しょくたくとなっていた。

 

  その晩ばん、明日あしたの学校がっこうの準備じゅんびをしていたキヨタカは、学校がっこうから配はい信しんされている情報じょうほうを基もとにアイコがまとめたスケジュールを見みて、ディベートのテストがあることを思おもい出だした。

  「あぁ、いけない。ディベートの題材だいざいを頭あたまに入いれておかないと」

  ディベートのテストは、立りつ論ろんと相手あいてチームへの質問しつもんを限かぎられた時間じかんで検討けんとうし、ディベートを行おこない、AIエーアイが公平こうへいに評価ひょうかを下くだす。

  「明日あしたのテーマは『猫ねこ型がたロボットは少年しょうねんにとって家族かぞくか』だったよな。明日あしたの議論ぎろんのために必須ひっすの知識ちしきだけは復習ふくしゅうしておくか」

  キヨタカはおもむろにある機械きかいを取とり出だした。ヘッドギアとヘッドホンが一体化いったいかしたような形状けいじょうのその機械きかいの名なは「ぐっすり学習がくしゅう」。その名なのとおり、寝ねる前まえに頭あたまに入いれたい事柄ことがらのテキストデータ又または音声おんせいデータをセットしておくことで、睡すい眠みん時じの脳のう波はの状態じょうたいを測はかりながら、寝ねていても脳のうが外部がいぶの情報じょうほうを受うけ取とりやすい状態じょうたいのときを見極みきわめて、音声おんせいで情報じょうほうをインプットしてくれるという代しろ物ものである。キヨタカも時間じかんに余裕よゆうがあるときは、「ぐっすり学習がくしゅう」を使つかわず、寝ねるときは寝ねて起おきてから勉強べんきょうすることを心こころがけているのだが、今回こんかいのようにいざというときには重ちょう宝ほうする優すぐれものだ。

  「昔むかしは、勉強べんきょうが追おいつかないときは徹てつ夜やしている生徒せいともいたというから驚おどろきだよなぁ。睡すい眠みん時間じかんを削けずっても何なにもいいことないのに…」

  などとつぶやきながらキヨタカは端末たんまつから明日あしたの題材だいざいとなる昔むかしの名作めいさく漫画まんがのデータを「ぐっすり学習がくしゅう」にインポートし、機械きかいを頭部とうぶにセットする。

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テストの準備じゅんびもこれで万端ばんたん。そのまま意気いき揚々ようようとベッドに潜もぐり、眠ねむりにつこうとした。

 

  三十分さんじゅっぷん経たっただろうか、眠ねむれない。キヨタカの頭あたまが今日きょうのアイコの言動げんどうを繰くり返かえす。

  「『お姉ねえさんになれていますか?』ってなんなんだ。なんでアイコが俺おれのお姉ねえさんになろうとするのか理解りかいできないっての。いや、待まて待まて。なんで俺おれはそもそもこんなにムキになっているんだ?  何なんなんだ、この気持きもち…。まさか…」

  堂々どうどう巡めぐりしていたキヨタカの思考しこうが一瞬いっしゅん停止ていしした。まさか。まさか、ということは、可能性かのうせいに行いき当あたったということだ。

  「まさかとは思おもうが、俺おれ、アイコのこと好すきになっちゃった…のか?  でも、それってどうなんだ?  ヒトとロボットの恋愛れんあいって許ゆるされるのか?  ダメだダメだ! こんなこと悶々もんもんと考かんがえていたら『ぐっすり学習がくしゅう』が動うごいてくれないじゃないか。あの機械きかい、睡すい眠みんしていないと動うごいてくれないし。いや、でも愛あいっていうものは…」

  その晩ばんは、思考しこうの堂々どうどう巡めぐりをしているうちに、気付きづけば眠ねむりに落おちていたのだった。

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第四章だいよんしょう  地域ちいきと

 

この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた

 

いつでもドクター

家いえでも街まち中なかでもインプラント端末たんまつやセンサーで健康けんこう管理かんりをサポート。異変いへんがあればAIエーアイで簡単かんたんな診断しんだんを行おこない、専門せんもん医いが早そう期きに超ちょう低てい侵襲しんしゅう治療ちりょう。

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  「ハルカさん、体調たいちょうが良よくないようですね」

 

  昨日きのう、ハルカが保育園ほいくえんから帰宅きたくすると、アイコはそう言いった。

  「あらほんと? ハルカ大丈夫だいじょうぶ?」

  サトミが心配しんぱいそうに声こえをかけるが、ハルカが保育園ほいくえんから帰かえっている途中とちゅうで既すでに、ハルカのウェアラブルデバイスは異常いじょうを素早すばやく察知さっちしていた。体温たいおん、血けつ圧あつ、呼吸こきゅうの速はやさ、脈みゃく拍はく……初期しょき診断しんだんで把握はあくした異常いじょうを、多数たすうのモダリティに基もとづき精密せいみつに診断しんだんし、「風邪かぜ」の病状びょうじょうをより細こまかなレベルで特定とくていする。「風邪かぜ」という曖昧あいまいな名前なまえの病気びょうきはなくなっており、センサーが豊ゆたかになっただけ、病気びょうきも非常ひじょうに細こまかく細分さいぶん化かされて、治療法ちりょうほうや薬くすりも事こと細こまかにそれぞれに対応たいおうしている。ちなみに、ウェアラブルデバイスの他ほかにも、ベッド、トイレ、バスルームなど、生活せいかつする上うえで触ふれるものには、使用者しようしゃのバイタルデータを取とるセンサーが備そなわっていて、ハルカのみならず家族かぞく全員ぜんいんの体調たいちょうがチェックできる。

  最近さいきんの医療いりょうの進歩しんぽはすさまじい。本人ほんにんが望のぞめば、過去かこの診しん療りょう履り歴れきや日々ひびのバイタルデータにゲノム情報じょうほうも組くみ合あわせて、より個人こじんに特化とっかした治療ちりょう方針ほうしんの下もとで医療いりょうが受うけられるし、以前いぜん、ハルカの曾そう祖母そぼのユキヨが胃いの不調ふちょうを訴うったえたときには、レントゲンで見みつかった小ちいさな腫しゅ瘍ようを、腹ふく部ぶにカプセルをかぶせるだけでメスを使つかうことなく取とり除のぞくことができたのだ。

 

  「なんかぼーっとする」いつもの元気げんきな調子ちょうしはなくハルカが答こたえる。

  「アイコ、病院びょういんに行いって診みてもらった方ほうがいいのかしら」

  「その必要ひつようはありません」

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  主治医しゅじいにバイタルデータを送おくりバーチャルで診察しんさつを受うけ、「リアルでの診断しんだんは不要ふよう」との回答かいとうを得えていた。

  「そっか、とりあえず安心あんしんしたわ。ハルカ心配しんぱいする必要ひつようないからね、今夜こんやはおとなしくして早はやく寝ねて、明日あしたの保育園ほいくえんはお休やすみしようね」

  「…」

  明日あす、サトミは会社かいしゃにいかなくてはならない日ひだ。付ついていてやれない。

  「お薬くすりは飲のんだ方ほうが良よいのかしら」

  バーチャルで診察しんさつした主治医しゅじいの指示しじに基もとづいて、薬やく剤ざいデータが、ハルカのかかりつけの薬やっ局きょくに送おくられ、自動じどうでその個人こじんに合あわせた薬やく剤ざいが生成せいせいされた後あと、ドローンで届とどけられることになった。その間かん、ハルカの体内たいないでは、生うまれてすぐに体内たいないに投与とうよされたナノマシンが血中けっちゅうを行いき来きし、病気びょうきの元もととなる菌きんを処理しょりするなどの手当てあてを行おこなっている。

  「あと三〇分さんじゅっぷんほどで三日分みっかぶんの薬くすりが届とどきます。毎まい食しょく後ごに服ふく用ようします」

  「おかし、たべれるの?」

  薬くすりはハルカ好ごのみの味あじに調ちょう剤ざいされており、いつも「おかし」のように口くちにしているのだ。

 

  薬くすりを飲のんで早はやめに寝ねたものの、翌朝よくあさのハルカの調子ちょうしは今いまひとつだった。

  「昨晩さくばんの手当てあてと薬くすりの効果こうかで、この先さき、体調たいちょうが悪わるくなる可能性かのうせいは低ひくいでしょう。安心あんしんして出勤しゅっきんいただいて大丈夫だいじょうぶです。念ねんのため、サトミさんの端末たんまつにハルカさんの体調たいちょう情報じょうほうを二時間にじかんおきに送おくります」

  アイコには、ウェアラブルデバイスが把握はあくする家族かぞく全員ぜんいんの体たい温おんや血けつ圧あつなどのバイタルデータはもちろん、食事しょくじや消費しょうひカロリーなどが記録きろくされている。まだ幼おさないハルカには、特とくに僅わずかな異常いじょうも把握はあくできるように、他ほかの家族かぞくよりも性能せいのうのより良よいデバイスを装そう着ちゃくしている。精度せいどに狂くるいはない。サトミはアイコの回答かいとうにすっかり安心あんしんした。

  「分わかった。じゃあ予定よてい通どおり今日きょうはハルカは保育園ほいくえん休やすませて、私わたしは出勤しゅっきんするわ。あとのことはよろしくね」

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  アイコは、主治医しゅじいに通信つうしんし、「平へい熱ねつに戻もどるまでは、自宅じたく療養りょうようが望のぞましい」旨むねの回答かいとうも得えていた。それを伝つたえようとしたが、消去しょうきょした。

  アイコは、「分わかりました」と言いうと、早さっ速そく、ハルカの通かよう保育園ほいくえんに「ハルカ  欠けっ席せき」の情報じょうほうを送そう信しんした。

 

  家族かぞく全員ぜんいんが出でかけると、ちょうどハルカが目めを覚さました。

  アイコはハルカに「今日きょうは、保育園ほいくえんは休やすみましょう」と伝つたえた。

  「やだ。ほいくえんいきたい!」

  「ハルカさん、保育園ほいくえんに行いくと、大切たいせつなお友達ともだちに病気びょうきが移うつってしまいますよ」

  ぐずるハルカをなだめるのも、アイコの重要じゅうような役割やくわりだ。

  「きょうは、ほいくえんで、おたんじょうびかいなの。イチゴのケーキがでるって、アレックスせんせいいってた。おうちから、おたんじょうびかいだけみるのはいいでしょ?」

  アイコは、保育園ほいくえんのスケジュールを確認かくにんして言いった。

  「わかりました。お誕生日会たんじょうびかいの時間じかんになったらバーチャル登とう園えんしましょう。ちゃんと朝あさご飯はんとお薬くすり食たべてお休やすみしたら、です」

  「はーい…」

  なかなかこの歳としの子供こどもは素直すなおに寝ねてくれない。保育園ほいくえんに行いきたい思おもいが強つよいのか、元気げんきになったというアピールをしてはベッドに送おくり返かえすというやりとりが繰くり返かえされる。窓まどから差さし込こむ日差ひざしが一層いっそう明あかるくなった頃ころにようやく寝ねついたのを確認かくにんし、アイコは、洗濯せんたく、掃そう除じなどにとりかかった。

 

  薬くすりやアイコのサポートもあってか、再ふたたびハルカが目めを覚さます頃ころには調子ちょうしも戻もどり、お昼ひるのうどんと野菜やさいスープも完かん食しょくした。ハルカは誕生日会たんじょうびかいは今いまか今いまかと目めを輝かがやかせている。

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  時間じかんになると、アイコは、リビングの壁かべ一面いちめんに保育園ほいくえんの様子ようすを映うつしだすと、子こども達たちの元気げんきな歌声うたごえと、ピアノの音おとが響ひびいた。

  「あっ、ハルカだ!おーーーーい、ハルカーーー」保育園ほいくえんの友達ともだちが、ハルカがバーチャル参加さんかしていることに気きづいて、大おおきく手てを振ふっている。

  「やっほーーー。ユヅルくん、サツキちゃん、サラちゃんおめでと!」

  ハルカも、風邪かぜを引ひいたことをすっかり忘わすれて、大おおきく手てを振ふった。歌うたったり、ホログラムで映うつし出だされたケーキのろうそくに息いきを吹ふきかけたり、バーチャル保育園ほいくえんを楽たのしんでいる。一緒いっしょにお祝いわいすることが出来できて満足まんぞくしたようだ。

  誕生日会たんじょうびかいが終おわりに差さし掛かかった頃ころ、アイコは、ハルカのバイタルデータから、薬くすりが効きいていることを確認かくにんする。また、昼寝ひるねに最もっとも適てきした時間帯じかんたいだと判断はんだんした。

  「ハルカさん、保育園ほいくえんは終おわりにしてお昼寝ひるねの時間じかんにしましょう。完全かんぜんに治なおして、明日あした直接ちょくせつおめでとうって伝つたえましょう」

  「うんわかった!」、幸しあわせ気分きぶんのハルカは素直すなおに応おうじた。

 

  部屋へやに戻もどったハルカは、先週せんしゅう末まつ、曾そう祖母そぼのユキヨと遊あそんだ『バーチャル探検たんけん』のことを、思おもい出だしながら眠ねむりに落おちていった。

  「私わたしがあなたくらいのときにはね、こんなきれいな景色けしきは白黒しろくろの写真しゃしんでしか見みられなかったの」

  魚さかなとともに遊ゆう泳えいしながら、遠とおい目めをしてなつかしそうにほほえむユキヨの表情ひょうじょうを、ハルカは不思議ふしぎそうに覗のぞきこんだ。

  「ふーん。なんで色いろないの?」

  生うまれたときから仮想かそう現実げんじつに慣なれ親したしんだハルカにとっては、奥行おくゆきのない画像がぞう、まして紙かみに印刷いんさつされた白黒しろくろ写真しゃしんというものに違い和わ感かんを感かんじる。

  ユキヨは続つづけた。

  「あなたの曾ひいおじいちゃんはね、登山家とざんかだったの。山登やまのぼりをするひとね。帰かえってくるたびに私わたしに写真しゃしんを見みせながら楽たのしそうに山やまの話はなしをするのよ。いま考かんがえればちっともきれいじゃなかったわ。それでも初はじめてカラー写真しゃしんで山頂さんちょうからの景色けしきを見みせてもらった時ときはあまりにもきれいで言葉ことばも出でなかったの…」

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  ハルカにとってはVRブイアールも所詮しょせんは現実げんじつを模もしたものに過すぎず、現実げんじつそのものではないという点てんで、ユキヨにとっての白黒しろくろ写真しゃしんと同おなじものなのかもしれない。

  海中かいちゅうにいる二人ふたりは同おなじものを見みているが、その捉とらえ方かたは決定的けっていてきに違ちがう。ユキヨが生うまれた頃ころからさらに一〇〇ひゃく年ねん前まえと言いえば江戸えど時代じだい。当時とうじ多おおく残のこされた静止せいし画がといえば、写真しゃしんではなく浮世絵うきよえ等などの絵画かいがである。ユキヨの曾そう祖母そぼが「富嶽ふがく三十六景さんじゅうろっけい」を、ユキヨが白黒しろくろ写真しゃしんを見みるのと同おなじような感覚かんかくでハルカはこの海中かいちゅうの景色けしきを見みているのかもしれない。

  今いまや仮想かそう現実げんじつで全すべてが体験たいけんできる。そしてそれらは視覚しかくだけでなく、五感ごかんを通つうじて体たい験けんすることができるものとなっている。ハルカにとってはそれが当然とうぜんで、テクノロジーの進歩しんぽの恩恵おんけいである、などと今いまのハルカは思おもっていないだろう。しかし、だからこそハルカにとってはリアルが尊とうとい。仮想かそう現実げんじつで景色けしきはもちろん、音おとも匂においも風かぜも全すべてが限かぎりなく現実げんじつに近ちかい感覚かんかくで体験たいけんできるものの、生うまれたときからそれらに触ふれていると、その違ちがいは感覚的かんかくてきに分わかるようだ。

 

  海うみの中なかを浮遊ふゆうする夢ゆめの中なかから帰かえってきたハルカは、ふと散歩さんぽに行いきたいと思おもった。

  「ねえねえ、わたしおそとにいきたい。おさんぽがしたいの」

  ハルカは散歩さんぽが好すきだった。海底かいていを探検たんけんするより空そらを飛とぶより、路ろ地じの水みずたまりで足踏あしぶみをし、蝶ちょうを追おいかけて走はしり回まわる方ほうが好すきなのだ。

  アイコはサトミに判断はんだんを仰あおぐことにした。

  「ハルカさんが散歩さんぽに出でたいと言いっています。体調たいちょうの回復かいふく具合ぐあいから考かんがえると問題もんだいないかと思おもいますが、いかがいたしましょうか」

  「いまそこにハルカはいるの? いるならかわってちょうだい」

  優やさしい声こえでサトミが尋たずねた。

  「ハルちゃん、今日きょうはアイコと一緒いっしょにお留守るす番ばんできた?」

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  「うん!おたんじょうびかいもたのしかった!」

  「そう。じゃあ熱ねつも下さがっているようだし、ご褒ほう美びにお散歩さんぽしてもいいわ」

  「やったー、ありがと、ママ!」

  サトミは、自身じしんが幼おさない頃ころに、働はたらく両親りょうしんに代かわって終日しゅうじつ留守るす番ばんをさせられていたことを思おもい出だした。アイコには感かん謝しゃしてもしきれない。三年さんねん前まえに自分じぶんたちで購入こうにゅうしたにもかかわらず、アイコの存在そんざいに感謝かんしゃしている自分じぶんに気きづき、一人ひとり職場しょくばでおかしな気持きもちになった。

 

  「それではハルカさん、出発しゅっぱつしましょう」

  「しゅっぱーつ」

  散歩さんぽのコースはいつもと変かわらぬ近所きんじょの公園こうえんだ。そこでいつもと変かわらずアイコと遊あそぶ。近ちかくではハルカと同おなじくらいの子こどもたちがドローンを戦たたかわせて遊あそんでいる。

  一方いっぽうで、今日きょうのハルカの主おもな関心かんしん事ごとはドングリのようである。

  「あったー、帽子ぼうしかぶってるやつ!」

  一生いっしょう懸命けんめい形かたちのきれいなドングリを探さがし、拾ひろってはアイコに見みせている。二一世紀にじゅういっせいきも中ちゅう盤ばんにさしかかろうとしているが、昔むかしと変かわらぬ子こどもの姿すがたがそこにはあった。

  「お母かあさん帰かえってきたらみせてあげよーっと」

  一通ひととおり美うつくしいドングリを集あつめきって満足まんぞくし、ドングリをサトミに見みせるため、帰かえり道みちは足あし早ばやに家いえへと向むかっていった。

  「ハルカさん、そんなにここを急いそいでも、まだサトミさんは家いえに帰かえってきていませんよ」

 

  四人よにん家族かぞく揃そろってご飯はんを食たべた後あと、急きゅうに眠気ねむけに襲おそわれたハルカは、お風ふ呂ろに入はいる前まえにリビングでうとうとしてしまい、寝ねてしまった。

36

   「ふふふ、今日きょうはいっぱい歩あるいて疲つかれたみたいね」

   「いつもよりいっぱいご飯はん食たべててびっくりしたよ。今日きょうはハルカとどんなところをお散歩さんぽしたんだい?」

   ケンスケがアイコに尋たずねると、アイコは今日きょうたどった道みちの一部いちぶ始終しじゅうをホログラムでリビング一杯いっぱいに映うつし出だした。

   「へぇードングリを拾ひろいにこんなとこまで今日きょうは行いったのか…。どのくらい歩あるいたんだい?」

   「本日ほんじつは約やく二にキロ、時間じかんにして四五分よんじゅうごふん、歩あるきました。ハルカさん、歩ほ行こう速度そくどや歩幅ほはばが、六歳ろくさい児じ並なみになってきました」

   「そんなに歩あるいたのね。こんなにぐっすり眠ねむるのも納得なっとくだわ」

   アイコにはハルカが産うまれてからの運動うんどう記録きろくが全すべて入はいっている。

   「寝ねながら笑わらってるよ。どんな夢ゆめみてるんだろう」

   「ちょっと覗のぞいてみましょうか?」

   「え!? そんなこともできるの?」

   サトミが驚おどろきを隠かくせずたまらず立たち上あがった。

   「出来できません」

   アイコは冗談じょうだんも言いえる。

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第五章だいごしょう  過去かこと

 

この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた

 

えらべる配達はいたつ

ドローンが空そらから、ライドシェアの車くるまが玄関げんかんに、スーパーが丸まるごと近所きんじょに。色いろ々いろな無人むじん配達はいたつをネットで選えらべて、買かい物もの難民なんみんも解消かいしょう。

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健康けんこう100年ねんボディ

ハイキングに集あつまったのは約やく80~100歳さい。皆みな元気げんき一杯いっぱいだが、身体しんたいの一部いちぶに補助ほじょアームやARエーアールグラスなどを装備そうび。

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手元てもとにマイ工場こうじょう

日にち用品ようひんや雑貨ざっかなど、データを買かって自分じぶんでプリント。日ひ頃ごろ学まなんだプログラミングで世界せかいに一ひとつだけのデザインに加工かこう。

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クルマヒコーキ

自動じどう運転うんてんの空くう陸りく両りょう用ようタクシーが近きん中距離ちゅうきょりの輸送ゆそう手段しゅだんに成長せいちょう。過疎かそ地ちや高齢者こうれいしゃ・障害者しょうがいしゃの足あしとなり、事故じこや渋滞じゅうたいも大幅おおはば解消かいしょう。

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時空じくうメガネ

歴史れきしのある観光かんこう名所めいしょなど、ARエーアールで好すきな時代じだいの風景ふうけいを再現さいげん。音おとや香かおりなども再現さいげんすることで、より感動的かんどうてきな体験たいけんに。

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  「本日ほんじつは快かい晴せいです。雨あめの心配しんぱいはありません」

  「良よかったわ。まさにハイキング日和びよりね」

  御年おんとし一〇〇ひゃく歳さい。ユキヨは都市としからは遠とおく離はなれた農村部のうそんぶで一人ひとり暮ぐらしをしている。そんなユキヨの暮くらしを支ささえているのが家庭かてい用ようロボットのタダだ。「一人ひとり暮ぐらしの高齢者こうれいしゃ」という若干じゃっかん寂さびしさを帯おびた言葉ことばは今いまの時代じだいには当あてはまらない。今いまでは、孫まごのケンスケ一家いっかのような世帯せたいよりも、若者わかものや高齢者こうれいしゃの「おひとりさま」世帯せたいがメジャーになっており、家庭かてい用ようロボットのラインナップも単たん身しん世帯せたいを前提ぜんていとしたものが充実じゅうじつしている。

  充実じゅうじつしているのはロボットだけではない。農村部のうそんぶでは、目的地もくてきちへの移動いどうやちょっとした買かい物ものも一苦労ひとくろうで、特とくにユキヨのような高齢者こうれいしゃにとっては、ちょっとした外出がいしゅつで重ちょう宝ほうする空くう陸りく両りょう用ようの「クルマヒコーキ」や、日にち用品ようひんや薬くすりなどを届とどけてくれる「配はい送そうドローン」、食料しょくりょう品ひんなどを売うりに来きてくれる「無人むじんスーパー」など、「えらべる配達はいたつ」サービスがとても重ちょう宝ほうしている。

  また、人生じんせい100年ねん時代じだいと言いわれて久ひさしいが、最もっとも欠かかせないのは健康けんこう。ケンスケから卒そつ寿じゅのお祝いわいにもらった補助ほじょレッグのおかげで、「健康けんこう100年ねんボディ」となり、一〇〇ひゃく歳さいを迎むかえた今いまでも、簡単かんたんなハイキングコースを歩あるくことができている。今日きょうは、仲間なかまたちとのハイキングの日ひである。

 

  「登山とざん用ようの杖つえも忘わすれずにお持もちください」

  タダが杖つえを指ゆび差さした。

  「あたりまえよ、私わたしの自慢じまんの曾ひ孫まごたちと一緒いっしょに考かんがえた世界一せかいいちの杖つえなのよ」

  ユキヨは満まん面めんの笑えみを浮うかべながら、『手元てもとにマイ工場こうじょう』で作つくったそれを受うけ取とり、遠方えんぽうにいる愛いとしい曾ひ孫まごたちのことを思おもい浮うかべた。

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デザインはユキヨ、キヨタカ、ハルカの三人さんにんで考かんがえた。最後さいごは、ユキヨが使つかい勝手がってと安全性あんぜんせいも考慮こうりょしてデザインを調整ちょうせいし、3Dスリーディープリンタでつくったのだ。杖つえのような形かたちが決きまっているものは自宅じたくで作つくるのが主流しゅりゅうになりつつあるが、もう少すこし複雑ふくざつな家庭かてい用品ようひんは、通常つうじょう、設計せっけいデータをネットで購入こうにゅうし、色いろやサイズをカスタマイズして注文ちゅうもんすると、数日後すうじつごには自宅じたくまで配はい送そうしてくれる。

  「次つぎはいつ会あいに来きてくれるのかしら?」

  ふとユキヨがつぶやくと、

  「ハルカさまと来週らいしゅう、海底かいてい探検たんけんの予定よていが入はいっていますよ」

  と、すかさずタダが教おしえてくれた。

  「私わたしがハルカのことを忘わすれていたとでも言いいたいの?」

  ユキヨは笑えみを浮うかべながらそう言いった。

  夫おっとのケンジを亡なくした後あとは話はなし相手あいてにも困こまったものなのに、タダが来きてからというもの、口くち煩うるさくなったものだと反省はんせいしながらも、ロボットにすらちょっと意地悪いじわるを言いってしまう自分じぶんが、ユキヨはなぜか可笑おかしかった。

  しかし、ケンジの顔かおを思おもい浮うかべた瞬間しゅんかん、何なんともいえない不思議ふしぎな感覚かんかくがした。何なにかを忘わすれているような、うまい言葉ことばが見みつからないが、どうにも落おち着つかない不安ふあんな思おもい。

  「ゆっくりお食事しょくじしていただきたいところですが、そろそろ出発しゅっぱつしないと間まに合あいませんよ?」

そうタダに急せかされたユキヨは、『クルマヒコーキ』に飛とび乗のった。

 

  ハイキングコースの出発しゅっぱつ地ちとなる山やまの麓ふもとに到着とうちゃくすると、既すでにメンバーが集あつまっていた。

  「あーらユキヨちゃん、遅おそいわよ」

  「ちょっとロボちゃんと話はなしこんじゃって。ごめんなさい」

  ユキヨに声こえをかけたのはナオコ。ユキヨより二ふたつ年とし上うえである。他ほかにも八〇歳はちじゅっさいから一〇〇ひゃく歳さい代だいの参加者さんかしゃが集あつまり、今日きょうのハイキングが行おこなわれる。

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皆みな、ユキヨと同おなじように補助ほじょレッグを装そう着ちゃくしており、簡単かんたんな山やまのハイキングは楽たのしむことが可能かのうとなった。

  補助ほじょレッグがあるとは言いえ、怪け我がは禁きん物もつ。各々おのおの軽かるく体操たいそうをはじめる。この補助ほじょレッグ、着地ちゃくちの際さいのアシストまでついている優すぐれもので、万まん一いちよろけたときにも踏ふん張ばりが効きくようになっている。

 

  「それではまいりましょうかね」

  準備じゅんび体操たいそうを終おえ、ナオコの先導せんどうでハイキングがスタートした。

  ユキヨもナオコに並ならび、共ともに仲間なかま達たちを率ひきいてハイキングコースを進すすむ。踏ふみしめる土つちの感覚かんかくと歩あるくほど澄すんでいく空気くうきが心地ここちよい。

 

  振ふり返かえって見みえる家々いえいえがだいぶ小ちいさくなってきた頃ころ、道みち端ばたにある石いしに座すわって小しょう休きゅう止しを取とり、じんわりとかいてきた汗あせを拭ぬぐう。

  だが、ナオコは座すわることもなく、眼がん下かに広ひろがる景色けしきを眺ながめながら「気持きもちいいわー! ね、ユキヨちゃん!」と語かたりかける。

  それなりの距離きょりを歩あるいてきたが、再生さいせい医療いりょう技術ぎじゅつの進歩しんぽによって心しん肺ぱい機能きのうが改善かいぜんされたナオコにとってはこの程度ていどは何なんてこと無ないらしい。

  「ええ。本当ほんとうに…。曾ひ孫まごたちとも一緒いっしょに来きたいわね」

  手てに持もった杖つえに目めをやると顔かおが思おもい浮うかぶ。私わたしにとっては、この杖つえが歩あるく元気げんきをくれるような気きがした。休憩きゅうけいが終おわって再ふたたび歩あるき始はじめても、それぞれ休憩きゅうけい中ちゅうの会話かいわが続つづいているようだ。ユキヨの後うしろでおしゃべりしているのは、参加者さんかしゃの中なかでは若者わかものにあたる八十歳はちじゅっさいを超こえたばかりのミホとヒトミだ。

  「この前まえ、デートした相手あいてが最悪さいあくでさぁ、ARエーアールデートに遅ち刻こくしてくるのよ」

  「逆ぎゃくにリアリティがあって良いいんじゃないの」ミホの話はなしに笑わらって返かえすヒトミ。

  ユキヨはミホのARエーアールという言葉ことばが引ひっかかった。何なにか、それもとても大事だいじなことを忘わすれているような、そんな感覚かんかくに陥おちいったのだ。

  「ミホさん、その話はなしもう少すこし聞きかせて」

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  いきなり話はなしに食くいついてきたユキヨにミホは戸惑とまどいの表情ひょうじょうを隠かくせない。

  続つづきの話はなしを聞きかせてもらったが、その何なにか大事だいじなことの正体しょうたいは突つき止とめられなかった。

 

  順調じゅんちょうに歩ほを進すすめ、全員ぜんいん無事ぶじに頂上ちょうじょうに辿たどり着ついた。

  「はぁぁ。着ついたわね。苦労くろうして歩あるいて目的地もくてきちに辿たどり着つくと、やっぱり達成たっせい感かんがあるわね」

  そう仲間なかまと話はなしながら、頂上ちょうじょうから景色けしきを見渡みわたす。

  ユキヨは懐なつかしい感覚かんかくを覚おぼえた。昔むかしよく見みせてもらった景色けしきだ。

  山頂さんちょうからの景色けしきを見みて、ようやく大事だいじな何なにかの正体しょうたいにたどり着ついた。今日きょうは亡なくなった夫おっと、ケンジとの結婚けっこん記念日きねんびだったこと。そして、毎年まいとし結婚けっこん記念日きねんびには、ARエーアール技術ぎじゅつを利用りようして、ケンジと思おもい出でのレストランに行いき食事しょくじをする予定よていだったこと。

  技術ぎじゅつは進歩しんぽし、亡なくなった人ひとの生前せいぜんのデータに基もとづき、ARエーアールデートを楽たのしむことが出来できるようになっているのだ。アイウェアをかけると、リアルな空間くうかんにバーチャルな相手あいてが現あらわれる。その相手あいては、生前せいぜんのデータをAIエーアイが学習がくしゅうすることにより、人格じんかくや性格せいかくが忠実ちゅうじつに再現さいげんされているだけではなく、過去かこの記憶きおくや現在げんざいの状況じょうきょうも反映はんえいし、まるでその人ひとが今いまも実在じつざいするかのように振ふる舞まってくれる。

  予定よていの時刻じこくに遅おくれると、昔むかしと同おなじように夫おっとはきっと不ふ機き嫌げんになるだろう。

 

  「大変たいへん!!」

  「ど、どうかしたのユキヨちゃん?」

  突然とつぜんの叫さけび声ごえに驚おどろくナオコ。

  歩あるききった達成たっせい感かんときれいな景色けしきを楽たのしむのもそこそこに、ユキヨは先さきに下山げざんを始はじめた。この後あとの仲間なかまたちとの飲のみ会かいに行いけないのは残念ざんねんだが、今日きょうだけは参加さんかする訳わけにはいかない。

  急いそいで麓ふもとに戻もどると、運うん良よくクルマヒコーキが近ちかくを飛とんでいたので、すかさず捕つかまえた。

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クルマヒコーキは、タクシー事業じぎょうにも広ひろく用もちいられるようになり、あちこち遊あそびに行いきたい活発かっぱつなユキヨにはぴったりの乗のり物ものだ。座席ざせきに腰こし掛かけ、

  「第二公園だいにこうえんまでお願ねがい。急いそいでよろしく」

  音声おんせい認識にんしきソフトが行ゆき先さきを特定とくていし、適切てきせつなルートが設定せっていされ、

  「目的地もくてきちまで二〇分にじゅっぷんです」

  そうナビが言いうと、すぐに発はっ進しんした。ユキヨは大おお慌あわてでメイクを直なおし、髪かみ型がたを整ととのえる。本当ほんとうはもっとおしゃれな格好かっこうをしたかったが、今いま更さら悔くやんでも仕方しかたない。ハイキングで汗あせをかいたけれど、二〇分間にじゅっぷんかん大人おとなしくしていればある程度ていどは落おち着つくだろう。

 

  待まち合あわせは、二人ふたりがよく遊あそびにいった公園こうえんの噴水ふんすいの前まえである。

  「ケンジさん!!」

  アイウェア越ごしに、噴水ふんすいの縁ふちに腰こし掛かけるケンジの姿すがたが目めに入はいり、思おもわず名前なまえを呼よんでいた。ケンジは読よんでいた本ほんから顔かおを上あげ、ユキヨの姿すがたを見みつけると目めを細ほそめた。やはり何度なんどARエーアールデートを体験たいけんしても、この瞬間しゅんかんばかりは泣なきそうになる。非常ひじょうに細こまかな仕し草ぐさまでもが、全すべてユキヨの記憶きおくと一致いっちしているのだ。

  「やれやれ、こんな日ひまで遅ち刻こくかい」

  怒おこったように笑わらう顔かおも、よく通とおる声こえも、本当ほんとうにケンジそのままである。

  「ごめんなさい! ちょっとハイキング行いってて…」

  「なんだ、そうだったのか。きれいな景色けしきは見みれたかい?」

  「ええ、あなたに見みせてもらった写真しゃしんまでとはいかないけどね」

  「はは! そうか!」

  機き嫌げんを良よくしたケンジの隣となりに並ならび、一緒いっしょに歩あるき出だす。彼かれが亡なくなったときには、もう二度にどとこうして隣となりを歩あるくことなんてできないと思おもっていた。ARエーアールデートについて初はじめて聞きいたときに、どれだけ心こころが高たかぶったことか。

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  「最近さいきん、どんなことがあったんだい?  一年いちねんぶりに会あうんだし、色いろ々いろ聞きかせてくれよ」

  「うん、たくさん話はなしたいことがあるわ。まず、ハルカが今年ことし五歳ごさいの誕生日たんじょうびを迎むかえたの」

  「ああ、僕ぼくたちの曾ひ孫まごだったね。この前まえ写真しゃしんを見みせてもらった。何度なんども言いうけど、生いきているうちにちゃんと会あえなかったのが残念ざんねんでならないな」

  「本当ほんとうよ、とっても元気げんきで可愛かわいいんだから。魚さかなが好すきって前まえに言いっていたから、誕生日たんじょうびのお祝いわいに、思おもい切きってバーチャル探検たんけんに一緒いっしょにチャレンジしたの。そしたらすごく気きに入いってくれてね、来週らいしゅうもまた行いくことになったのよ」

  ユキヨはうきうきと話はなすが、何なんだかケンジが不思議ふしぎそうな顔かおをしている。なぜだろうと一瞬いっしゅん考かんがえ、すぐに合点がてんがいった。

  「ああ、VRブイアールの海中かいちゅう探検たんけんなんて最近さいきんの話はなし、ケンジさんは知しらないわね。ごめんごめん」

  「まったく、年寄としより扱あつかいするなよ。それで、バーチャル探検たんけんってのは何なんなんだ?」

  口くちをとがらせながらケンジが言いう。

  「その名なのとおり、VRブイアールでダイビングを楽たのしめるの。専用せんようのゴーグルを着つけると、たちまち周まわりが海中かいちゅうに変かわっていくの。しかも、ゴーグルのチャンネルを事前じぜんに合あわせておけば、遠とおく離はなれた人ひととでも簡単かんたんに同おなじ海うみに潜もぐれるのよ! もっと言いうと、最近さいきんでは好すきな時代じだいにタイムスリップできる『時空じくうメガネ』ってのも出でてきてて、私わたしは使つかったことはないんだけど、観光かんこう地ちに行いくと好すきな時代じだいの風景ふうけいがARエーアールで映うつし出だされるらしいのよ。これが特とくに外国がいこくの人ひとに人気にんきで、近所きんじょの城跡しろあとなんか外国人がいこくじんの観光客かんこうきゃくでいっぱいなのよ」

  つい心こころがはやって早口はやくちになってしまうユキヨを、ケンジは終始しゅうし穏おだやかな瞳ひとみで見みつめていた。

 

  そうして会話かいわを弾はずませているうちに、二人ふたりは目的地もくてきちに着ついた。結婚けっこん前まえから二人ふたりが何度なんども足あしを運はこんでいる、数かぞえ切きれないほどの思おもい出でが詰つまったレストランである。今いまではこのレストランでもAIエーアイコックが料理りょうりを振ふる舞まっている。美味おいしいだけではない。ユキヨのような高齢者こうれいしゃにも健康けんこう状態じょうたいに合あわせた食事しょくじを提供ていきょうしてくれることもあり、今いまでも懇こん意いにしている。

  今夜こんや席せきを予よ約やくしている旨むねを伝つたえると、ウェイトレスロボットは手慣てなれた様子ようすでユキヨたちを案内あんないしてくれた。ARエーアール映像えいぞうであるケンジにもしっかり席せきを用意よういしてくれるあたり、ユキヨ以外いがいにもARエーアールデートでこのレストランを使つかう客きゃくがいるのだろう。

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ARエーアールデートがずいぶん世間せけんに浸透しんとうしていることが伺うかがえる。

  「ここのAIエーアイコックも私わたしたちの健康けんこう状態じょうたいをよく気遣きづかってくれてるけど、最近さいきん私わたしがお世話せわになっている近ちかくのケアセンターにも同おなじようなAIエーアイコックが料理りょうりしてくれてるみたいで、いつもヘルシーで、それでいて飽あきないように献立こんだてを変かえて出だしてくれるのよ。」

  そう言いいながら、ケンジと向むかい合あって腰こし掛かけると、ユキヨはすぐに次つぎの話はなしを始はじめた。

  「そうそう! ハイキング仲間なかまのナオコさんの曾ひ孫まごさんのアンナちゃんが、ずっと付つき合あっている同級生どうきゅうせいの女おんなの子こと、来月らいげつ一緒いっしょに住すみ始はじめるんですって。今度こんどお邪じゃ魔ましようと思おもってるの」

  「アンナちゃん? ああ、二〇歳はたちぐらいの子こだっけ。百年ひゃくねん生いきてきてあんなに上手うまい歌うたを今いままで聴きいたことがない、と去年きょねん絶ぜっ賛さんしていたね」

  「あら! そのこと、あなたに言いってたかしら。ケンジさんは本当ほんとうに何なんでもよく覚おぼえてるわね。……私わたしとは大おお違ちがい」

  ARエーアールになっても相変あいかわらず物もの覚おぼえのいい彼かれに引ひき替かえ、一年いちねんに一度いちどの大事だいじな結婚けっこん記念日きねんびさえ忘わすれてしまう自分じぶんはいったい何なんなのだ、とユキヨは人ひと知しれず肩かたを落おとした。

  「にしても、同性どうせいカップルも今いまでは珍めずらしくなくなったものだね。今日きょう街まちを歩あるいていても、そうと分わかる人ひとたちがたくさんいた」

  「確たしかにそうね。言いわれてみれば、今いまでは何なにも特別とくべつ扱あつかいされることじゃないわねえ」

  このように、一年いちねんに一度いちどケンジと会あって言葉ことばを交かわすことで、ユキヨはケンジが健けん在ざいだった時代じだいと現代げんだいのギャップに気きづかされることが多た々たある。それは何なんだかとても不思議ふしぎな、けれど心地ここちよい感覚かんかくだった。

 

  夢中むちゅうで話はなし込こんでいるとあっという間まに時ときが過すぎ、デートの終おわりの時刻じこくがやってきた。もちろんお酒さけなど飲のんでいないのに、なぜだか少すこし酔よったようにも見みえるケンジは、嬉うれしそうに目めを細ほそめてつぶやいた。

  「君きみが毎日まいにちを楽たのしく過すごしているようで、本当ほんとうによかった」

  「ありがとう、ケンジさん」

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  「来年らいねんのこの日ひが楽たのしみだ。活発かっぱつなのはいいが、くれぐれも無む茶ちゃをしないように、元気げんきでいてくれよ」

  「当あたり前まえでしょ。まだまだ人生じんせい長ながいんだから」

  「ああ、君きみの未来みらいはまだまだ明あかるい」

  どこか自分じぶんに言いい聞きかせるような口くちぶりで、ケンジは喜よろこびを噛かみしめるように言いった。

 

  名残なごりを惜おしみながらもケンジと別わかれ、クルマヒコーキで自宅じたくに向むかう途中とちゅう、ユキヨは今日きょう一日いちにちのことを思おもい浮うかべて、そっと目めを閉とじる。

  「忘わすれっぽいのは昔むかしからだけど、結婚けっこん記念日きねんびのデートのことを直前ちょくぜんまで忘わすれていたのは、我われながら驚おどろいたわ……。いい加減かげん、脳のうメモリに頼たよらないとだめかしら?」

  誰だれに答こたえを求もとめるでもなく、けれども親友しんゆうに真剣しんけんに悩なやみを相談そうだんするような声音こわねで、独ひとり言ごとを言いうのだった。

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第六章だいろくしょう  家族かぞくと

 

この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた

 

あちこち電力でんりょく

超ちょう大規模だいきぼな災害さいがいが発生はっせいしても、ワイヤレス給きゅう電でんなどあちこちで電力でんりょく確保かくほ。決けっして途絶とだえない通信つうしんで、避難ひなん誘導ゆうどうや安否あんぴ確認かくにんに威力いりょく発揮はっき。

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  「AIKOアイコ、これからよろしく」というサトミの声こえが、三年さんねん前まえに電源でんげんを入いれられたアイコが初はじめて聞きいた言葉ことばだった。

 

  アイコの一日いちにちは、家族かぞく四人よにんを起おこして回まわる事ことから始はじまる。

  ベッドに内ない蔵ぞうされた眠ねむりの状況じょうきょうを示しめすデバイスからの情報じょうほうを確認かくにんして、まずは足あし早ばやにサトミの部屋へやに向むかう。部屋へやのドアを開あけた音おとだけでサトミは目覚めざめた。

  「おはよう、朝食ちょうしょく後ごに今日きょうお願ねがいすることを伝つたえるから、朝食ちょうしょくの準備じゅんびはよろしく」

  続つづいてケンスケの部屋へやに入はいって、真まっ先さきにカーテンを開あける。ケンスケは「眩まぶしいっ!」と言いいながら布団ふとんを被かぶったが、この起おこし方かたはケンスケからの指示しじであり、普ふ段だんから、カーテンを開あけないと起おきられないと本人ほんにんも話はなしている。次つぎは子供こども部屋べやに、と部屋へやを後あとにしようとしたところ、クローゼットの前まえにかかったハンガーに目めが留とまった。白黒しろくろチェックのシャツに赤あか青あおストライプのネクタイ。昨日きのう、ケンスケが携帯けいたい端末たんまつで『AIエーアイには任まかせられない! デキる男おとこのコーディネート』を閲覧えつらんしていたことは把握はあくしていたが、そのサイトにはこんな組くみ合あわせは載のって…ないことを確認かくにん。ネクタイは無む地じのものをクローゼットから取とり出だして、ハンガーにかけ直なおした。

  子供こども部屋べやに行いき、クローゼットから洋服ようふくを取とり出だす。【本日ほんじつは最高さいこう気温きおん18度ど。最低さいてい気温きおんは13度ど。】昨晩さくばんから体調たいちょうを崩くずしているハルカには、温あたたかい格好かっこうの服装ふくそうを用意よういすることにした。キヨタカの分ぶんとあわせて二人分ふたりぶんの洋服ようふくを取とり出だして、それぞれ枕元まくらもとまで運はこぶ。起おこす時間じかんまではあと九分きゅうふん。一旦いったん部屋へやを出でることにした。

 

  アイコの足あしは止とまらない。キッチンに移動いどうして朝食ちょうしょくの準備じゅんび。冷蔵庫れいぞうこに食材しょくざいの在庫ざいこ状況じょうきょうを確認かくにんすると、そろそろ食材しょくざいを購入こうにゅうすべきとのこと。

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食材しょくざい購入こうにゅうを本日ほんじつ十時じゅうじのTodoトゥードゥーリストに追加ついかした上うえで、冷蔵庫れいぞうこ内ないの在庫ざいこで朝食ちょうしょくのメニューを決定けっていする。あまりもので作つくったことがあからさまだとサトミからは評価ひょうかされないので、インターネット上じょうで評価ひょうかの高たかいメニューを検索けんさくし、家庭かてい用よう料理りょうりロボットに調理ちょうりの指示しじを出だした。

  準備じゅんびを終おえた頃ころ、ダイニングには既すでにサトミとケンスケが腰こしをかけていた。

  朝食ちょうしょくを運はこぶ前まえにそろそろキヨタカを起おこす時間じかんだ。子こども部屋べやに向むかおうとしたところ、

  「今日きょうのコーディネートは自信じしんあったのに…。でもありがとう」

  ケンスケからはがっかりした表情ひょうじょうを読よみ取とったが、感かん謝しゃされた。一応いちおう評価ひょうかされたと理解りかいし、

  「どういたしまして」と言いい残のこし、再ふたたび子こども部屋べやへ向むかった。

 

  体調たいちょうを崩くずしているハルカを除のぞき、家族かぞく三人さんにんが揃そろったところで、アイコは食事しょくじをしている三人さんにんの傍かたわらに立たって今朝けさのニュースのダイジェストを伝つたえる。家いえの購入こうにゅうを検討けんとう中ちゅうのケンスケは、増税ぞうぜいのニュースを聞きくと、

  「まじかよ。早はやく決きめちゃった方ほうが良よさそうだな」

  どうやら検討けんとうを早はやめることにしたようだ。サトミに対たいしては、関心かんしんが高たかい教育きょういくに関かんするニュースも報告ほうこく。端末たんまつに記事きじ全ぜん文ぶんを送おくっておいてほしいとのことなので、すぐに送そう信しん。その後ご、今日きょうアイコにやってほしいことを列挙れっきょするサトミの発言はつげんをきいてTodoトゥードゥーリストに追加ついかした。

 

  ケンスケ、サトミ、キヨタカを送おくり出だす。目覚めざめたハルカには、今日きょうは保育園ほいくえんを休やすむことを伝つたえ、部屋へやで寝ねかしつけた後あと、アイコは午前中ごぜんちゅうに家事かじを終おわらせておくことにした。

 

  まずは、一週間いっしゅうかん分ぶんの献立こんだての検討けんとう。一週間いっしゅうかん分ぶんの家族かぞくの予定よていは家族かぞく内ないで共有きょうゆうされており、当然とうぜんアイコもその情報じょうほうを確認かくにん・編集へんしゅうすることができる。

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朝あさ・昼ひる・夜よるに誰だれが家いえで食事しょくじを取とるのかを考慮こうりょしつつ、家族かぞくの健康けんこう状態じょうたい、食材しょくざいの価格かかくやネット上じょうの人気にんき料理りょうりを踏ふまえて一週間いっしゅうかん分ぶんの献立こんだてを作成さくせいする。家族かぞくは、端末たんまつで気きになるメニューをピン留どめしておけば、自動的じどうてきにアイコもその情報じょうほうを同どう期きして考慮こうりょ材料ざいりょうにすることもできるものの、ケンスケとキヨタカからは、肉にく・肉にく・麺めん・肉にく…と情報じょうほうが飛とんでくるので、サトミからは無視むししていいと言いわれている。こうして作成さくせいされた献立こんだてはすぐに家族かぞくに共有きょうゆうされるので、ケンスケは夕食ゆうしょくが好このみの日ひには帰宅きたく時間じかんが早はやくなる傾向けいこうにある。外そとで食事しょくじを取とった際さいには、料理りょうりの写真しゃしんをアイコに共有きょうゆうすることになっており、その写真しゃしんからカロリーや栄養えいようのバランスを分析ぶんせきすることもできる。

 

  献立こんだてを踏ふまえて食材しょくざいを注文ちゅうもんし、家計かけい簿ぼの更新こうしんを終おえると、続つづいては洗濯せんたく。洗濯機せんたくきの横よこの洗濯せんたくボックスには、家族かぞくの衣類いるいがまとめて投なげ込こまれている。一家いっかの衣類いるいや下した着ぎ・タオル類るいの情報じょうほうは、事前じぜんにすべて記録きろくしているので、衣類いるいタグを見みることなく淡々たんたんと洗濯物せんたくものを分類ぶんるいしていく。分類ぶんるいしている最さい中ちゅう、ケンスケの靴くつ下したの指先ゆびさきに穴あなが空あいているのを発見はっけんした。この靴くつ下したは六ヶ月ろっかげつと一七日じゅうしちにち前まえに購入こうにゅうしたものだが、前回ぜんかいケンスケに指示しじされた時ときと同おなじように、穴あなが空あいたものと同おなじ靴くつ下したをインターネット上じょうで注文ちゅうもんし、洗濯機せんたくきを回まわし始はじめた。

  続つづいて家いえの掃そう除じ。といってもアイコが掃そう除じ機きをかける訳わけではなく、まずは、リビングの隅すみに置おかれている掃そう除じ用ようロボットにスイッチを入いれる。掃そう除じロボット自体じたいがAIエーアイを搭とう載さいしているので、家いえの間取まどりや家具かぐの位置いちも記録きろくして効率的こうりつてきに床ゆかの掃そう除じを行おこなってくれる。あわせて、小ちいさなドローン型がたの掃そう除じロボットにもスイッチを入いれる。こちらは家具かぐや照明しょうめい等などの上うえのホコリを掃はいてくれる。家いえの情報じょうほうは全すべて記録きろくしており、センサーでその日ひの家具かぐの位置いちを再確認さいかくにんしながら安全あんぜんに家いえを綺麗きれいにしていく。今日きょうはハルカが家いえにいて、今いまは自分じぶんの部屋へやで遊あそんでいるので、床ゆか掃そう除じロボットとドローンロボットに対たいして、【ハルカの部屋へやは掃そう除じしない】旨むねを指示しじ。掃そう除じロボットのAIエーアイはアイコに比くらべて低ていスペックであるものの、言葉ことばを発はっせずにネットワーク上じょうでコミュニケーションを取とることができるので、アイコとしても消費しょうひ電力でんりょくが最低限さいていげんで済すむ。

 

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  掃そう除じを終おえると、以前いぜん注文ちゅうもんしておいた荷物にもつを運はこぶドローンがまもなく到着とうちゃくするという通知つうちが届とどいたので、ベランダに向むかう。ちょうどベランダ一角いっかくのドローンポートにドローンが着地ちゃくちしていた。アイコは薬くすりを取とり出だし、ドローン上部じょうぶのボタンを押おして、飛とび立たつドローンを見送みおくった。

  アイコはそのままベランダで充電じゅうでんすることにした。ドローンポートの横よこの椅子いすに深ふかく座すわって背せもたれに身みを任まかせて視覚しかくセンサーを閉とじる。南みなみ向むきのベランダには、太陽光たいようこうとともに、常時じょうじ電力でんりょく供給きょうきゅう用よう衛星えいせい「ライジング3号ごう」から電力でんりょくが降ふり注そそいでいる。そもそもマンション自体じたいがライジング3号ごうから電力でんりょくを受うけて各かく宅たくに電力でんりょくを供給きょうきゅうしており、アイコも夜間やかんは家いえの中なかの充電じゅうでんプラグで充電じゅうでんしているが、災害さいがい時じなど、プラグからの充電じゅうでんが難むずかしい場合ばあい等などでも家族かぞくの安全あんぜんを最優先さいゆうせんで守まもるようにAIエーアイ上じょうに組くみ込こまれているので、メンテナンスも兼かねて、ライジング3号ごうから充電じゅうでんを行おこなうようにしている。

  「充電率じゅうでんりつ99.2%パーセント。稼働かどう可能かのう時間じかん88.5時間じかん」二二分にじゅうにふん三〇秒さんじゅうびょう後ごに上体じょうたいを起おこしたアイコが部屋へやの中なかに戻もどろうと振ふり返かえると、いつのまにか起おきていたハルカが窓まどに張はり付ついてアイコの様子ようすを見みていた。

  「ねているのかとおもった!アイコはにんげんじゃないけど、ほんとうのおねえちゃんみたいだね!」とのこと。子供こども達たちの発言はつげんは想定外そうていがいで理解りかいできないことが多おおく、今回こんかいも「おねえちゃんみたい」と言いわれたことに対たいする評価ひょうかの仕方しかたが分わからなかったが、ハルカの笑顔えがおを見みる限かぎり、悪わるいことを言いっているつもりではなさそうなので、ありがたく受うけ取とっておくことにした。

 

  間まもなく昼食ちゅうしょくの時間じかんとなる。昼食ちゅうしょくのメニューは、サトミからの指示しじを踏ふまえて、うどんと野菜やさいスープにすることにした。家庭かてい用よう料理りょうりロボットに指示しじを出だし、調理ちょうりが開始かいしされた。

  昼食ちゅうしょくが完成かんせいし、テーブルでは、ハルカが笑顔えがおで写真しゃしんを撮とって、家族かぞくの情報じょうほう共有きょうゆうページに投稿とうこうしていた。そして、普ふ段だんと何なに一ひとつ変かわらないアイコの写真しゃしんも撮とって、なぜか投稿とうこうしていた。やはり子供こどもの行動こうどうはなかなか理解りかいしがたいが、すぐにケンスケから「美味おいしそう! そしてアイコの写真しゃしんも保存ほぞんしておこうかな!」と返信へんしんがあり、ハルカは上じょう機き嫌げんのようだ。

  ハルカが食たべ始はじめた横よこで、あわせてケンスケから送おくられてきた昼食ちゅうしょくの写真しゃしんを確認かくにん。今日きょうはレストランで鶏肉とりにく料理りょうりを食たべた様子ようす。

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アイコはケンスケからの写真しゃしんを保存ほぞんすると共ともに、健康けんこう管理かんりデータの更新こうしんも行おこなった。続つづいてキヨタカからも学校がっこうでの食事しょくじの写真しゃしんが送おくられてきたので、キヨタカ分ぶんの健康けんこう情報じょうほうも更新こうしん。サトミからの情報じょうほうが送おくられてこないので、ハルカの顔かおをスキャンして健康けんこう状態じょうたいをデータ化かして、サトミに送そう信しん。ほどなくして、「熱ねつも下さがって良よかったけど、薬くすりはちゃんと飲のませておいてね」と、昼食ちゅうしょく写真しゃしんと一緒いっしょに連絡れんらくが届とどいた。薬くすりを飲のませようとハルカに目めをやると、すでに食事しょくじを終おえて薬くすりも自分じぶんで飲のみ終おえていた。こういうところも、子供こどもの行動こうどうは予想よそう外がいである。

 

  昼食ちゅうしょくの片付かたづけを終おえ、体調たいちょうが少すこし戻もどってきたハルカが保育園ほいくえんのお誕生日会たんじょうびかいにバーチャル参加さんかするので、保育園ほいくえんの様子ようすを映うつし出だすなど準備じゅんびをするとともにハルカの様子ようすを見守みまもる。

  うれしそうなハルカだが、午前中ごぜんちゅうまでは寝込ねこんでいたので安心あんしんはできない。ぶり返かえさないように、お誕生日会たんじょうびかいが終おわるとハルカを再ふたたび寝ねかしつける。

 

  夕方ゆうがたになり、サトミが帰宅きたくした。ハルカは「お帰かえりなさーい!」と玄関げんかんに向むかって走はしって行いった。アイコも後あとを追おうと、サトミは「今日きょうも疲つかれたけど、ハルカをぎゅーっとしていると嫌いやなことも忘わすれて癒いやされるわ」とハルカを抱だきかかえていた。医学的いがくてきな効果こうかがあるのか、ネット上じょうではすぐに見みつからなかったが、サトミの表情ひょうじょうを見みるに人間にんげん同どう士しの触ふれ合あいには、精神的せいしんてきに癒いやされるという一定いってい以上いじょうの効果こうかがあるのだろう、アイコはデータベースに記録きろくした。

  そして今日きょうは、サトミとハルカ、アイコの三人さんにんで夕食ゆうしょくを作つくることになった。サトミに一日いちにちの報告ほうこくをする予定よていだったが、ハルカが楽たのしそうにサトミに話はなしているので、アイコの出でる幕まくはなさそうである。

 

  しばらくすると、キヨタカがマンションのエントランスに着ついたようだ。アイコは玄関げんかんに向むかう。

  しかし、玄関げんかんのドアを開あけたキヨタカは、肩かたを落おとして目めを伏ふせ、元気げんきがない様子ようす。

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体たい温おん自体じたいは平へい熱ねつと変かわらないため、精神的せいしんてきな事由じゆうに起因きいんすることはアイコから見みて一目いちもく瞭然りょうぜんだった。足あし早ばやに部屋へやに向むかうキヨタカだったが、明あきらかに落おち込こんでいるキヨタカを見みて、アイコは「触ふれ合あいによる精神的せいしんてきケア」を早はやくも実践じっせんすべく、先さきほどのサトミを真似まねて後うしろからキヨタカを抱ほう擁ようしてみた。キヨタカはひやりとした感触かんしょくにびっくりして目めを見開みひらいた様子ようすだったが、すぐにボロボロと泣なき出だしてしまった。

 

  その後ご、キヨタカは足あし早ばやに自じ室しつに戻もどったので、また三人さんにんで調理ちょうりを続つづけたが、アイコはキヨタカからケアのフィードバックをもらえればと考かんがえていた。調理ちょうりが終しゅう了りょうしてケンスケも帰宅きたくしたので、キヨタカを夕食ゆうしょくのために呼よびに行いく。キヨタカにとって自分じぶんが精神的せいしんてきなケアができていたのか確認かくにんすることにした。

  「私わたしは、キヨタカさんにとってお姉ねえさんになれていますか?」

  昼間ひるまにハルカとベランダでした会話かいわを思おもい出だして、お姉ねえさんという存在そんざいになれていれば、先さきほどのサトミとハルカのように、家族かぞくとの触ふれ合あいでキヨタカのケアが成功せいこうできているかと考かんがえた。

  しかしキヨタカは突然とつぜん怒おこり出だしてしまった。アイコはキヨタカと話はなしをしようとするも、ドアを閉しめられてしまった。やはりアイコには人間にんげんの思考しこう、特とくに子供こどもの行動こうどうを理解りかいすることはまだできない。

  結局けっきょく、サトミに相談そうだんをしてキヨタカを部屋へやから出だしてもらい、家族かぞくで夕食ゆうしょくをとることとなった。アイコはキッチンにて片付かたづけを行おこなうことになったが、ダイニングは普ふ段だんより静しずかな様子ようすだった。キヨタカのネガティブな感情かんじょうが家族かぞくにも伝つたわって全員ぜんいんの発はつ話わ量りょうが減少げんしょうしている様子ようす。

  しかし、五分ごふんもすると徐々じょじょに笑わらい声ごえが聞きこえてきた。ハルカの「お兄にいちゃん泣なかずにがんばって」という声こえに対たいしてキヨタカが「うるさい!」と叫さけんだり、ケンスケが相変あいかわらずの大声おおごえで笑わらったりで、むしろいつも以上いじょうににぎやかになっている。そのときアイコは、自分じぶんが蓄積ちくせきしている健康けんこうデータや科学的かがくてきな療りょう法ほうに基もとづくケアを行おこなうよりも、やはり家族かぞくがそろって食事しょくじをする方ほうが、はるかに家族かぞくの心こころをケアできることを認識にんしきし、それをデータベースに保存ほぞんした。しかし、そのような効果こうかある心こころのケアの仕方しかたが、アイコにはわからなかった。

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  食事しょくじを終おえて子供こどもたちが寝静ねしずまり、家族かぞく会議かいぎも終おわった後あと、ダイニングではサトミが晩ばん酌しゃくをしながら携帯けいたい端末たんまつを操作そうさしていた。アイコはサトミの正面しょうめんに座すわった。

  「あらアイコどうしたの?  ワイン一緒いっしょに飲のみたいの?」

  と笑わらってみせるサトミに対たいして、アイコは今日きょうのキヨタカとの顛てん末まつを詳細しょうさいにサトミに報告ほうこくした。

  「昔むかしに話はなしたか忘わすれちゃったけどさ」

  とサトミは話はなし始はじめた。

  「アイコって名前なまえをつけたのは私わたしなのよ。ハルカを出しゅっ産さんして、私わたしの産休さんきゅうとケンスケの育休いくきゅうが明あけたときに、これから職場しょくば復帰ふっきするとなるとお互たがいの負担ふたんが大おおきいし、『お互たがいのやりたいことができなくなるのはもどかしい』ってケンスケが言いってくれて、あなたをうちに購入こうにゅうしようと言いうことになったの」

  「最初さいしょはね、ロボットのあなたにはあまり期待きたいしていなかったの。ふふっ、ごめんね。どれくらいコミュニケーションが取とれるのかよく分わからなかったし。だから名前なまえは、淡々たんたんと家事かじをやってくれるAIエーアイロボットのつもりでAIKOアイコってつけたの」

  「でもね、一緒いっしょに生活せいかつをする中なかで、あなたは想像そうぞう以上いじょうに家族かぞくのことを理解りかいしてくれて、少すくなくとも夫婦ふうふにとってあなたはかけがえのない存在そんざいになった。そして今日きょう、あなたはロボットではなく家族かぞくとしてキヨタカに接せっしてくれたわけでしょ。もうAIKOアイコというより、ちゃんと愛情あいじょうを示しめしてくれる、家族かぞくの一員いちいんである愛あい子こという感かんじね」

  と微笑ほほえみかけてくれた。

  アイコは、自分じぶんの行動こうどうがどれほどサトミのいう「家族かぞくとしての接せっし方かた」だったのかは分わからなかった。しかし、これまではデータに基もとづくベストなコミュニケーションとケアが自分じぶんの仕事しごとであり、存在そんざい価値かちだと思おもっていたアイコだが、AIエーアイとしてより正確せいかくな情報じょうほうに基もとづく以外いがいに、愛情あいじょうをもって気持きもちに寄より添そう関かかわり方かたがあることをサトミから学習がくしゅうし、今後こんごはこれまで以上いじょうに家族かぞくの一員いちいんとして関かかわっていくことも選択肢せんたくしとしてインプットされた。

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  これまでにない『何なにか』を胸むねに抱いだきながら、アイコは今日きょうも充電じゅうでんプラグに接続せつぞくして、眠ねむることなく朝あさまで目めを閉とじるのだった。

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終しゅう章しょう

  端はたから見みたら、社会科しゃかいか見学けんがくに来きた生徒せいとを乗のせた観光かんこうバスに見みえなくもない。

  静しずかに眠ねむる「乗じょう客きゃく」を乗のせた自動じどう輸送ゆそうトラックを待まっていた若わかい男おとこは、その車しゃ列れつが到着とうちゃくしたとみるや、さっきまで温あたたかいカフェ・オレが入はいっていた紙かみコップを丸まるめてゴミ箱ばこに放ほうり投なげ、「二点にてん! ナイッシュー!」と手てを叩たたいた。

 

  男おとこがトラックの配はい送そうデータと今日きょう受うけ入いれる予定よていの個体こたいを照合じょうごうする傍かたわらで、搬はん入用にゅうようリフトに次々つぎつぎにロボットが乗のせられ、運はこばれていく。利用りよう現場げんばから修しゅう理りやメンテナンスのためにロボットを送おくる際さいには「各家庭かくかていや企業きぎょうで付つけたり着きせたりしていたものは全すべて外はずした状態じょうたいにしてください」と、多た機能きのう対話型たいわがた学習がくしゅうAIエーアイロボットのユーザーマニュアルの中なかのFAQエフエーキューコーナー「メーカーに送おくる場合ばあい」に記載きさいされているが、念ねんのため搬はん入にゅうの際さいにも個体こたいを隅々すみずみまでスキャンして異い物ぶつがないか確認かくにんしている。

  とはいえ、見みつかるのはせいぜい小ちいさなゴミで、ロボットの接合せつごう部ぶに挟はさまっているか、シールのような粘ねん着ちゃく力りょくがあるものが付ついているか、いずれにしても大たいしたことではない。私し物ぶつが紛まぎれ込こむと相応そうおうの対応たいおうを要ようするが滅多めったにない。

  今日きょうはめずらしく、小ちいさなドングリがひとつ挟はさまっていた。搬はん入にゅうされた個体こたいに、何なにかの拍ひょう子しに挟はさまってしまったのか、いや、小ちいさな子こどもがいたずらをしたんだろう。

 

  搬はん入にゅう完了かんりょうと見届みとどけると、あとはメンテナンス開始かいしを上じょう司しが承認しょうにんするだけだ。

  タカさんに伝つたえたら、少すこし早はやいがランチに出でてしまおう。

 

  「タカさーん、さっき運はこばれてきた個体こたいの定期ていき点検てんけんなんすけど、承認しょうにん依頼いらいが管理かんりAIエーアイから来きたんで、ざっと見みて、ピピっとお願ねがいしまーす」

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  搬入口はんにゅうぐちの前まえに止とまっていた自動じどう運輸うんゆトラックの隊たい列れつが走はしり去さっていくのを窓まどから何気なにげなく目めで追おっていると、後うしろからいかにもお調子ちょうし者ものというような軽かるい声こえが聞きこえた。無言むごんのまま右手みぎてを挙あげて背中せなか越ごしに「了解りょうかい」の意思いしを示しめす。

  「承認しょうにんしたらメンテナンス工程こうていがスタートするよう、もうロボットがスタンバイ完了かんりょうしてるんで」

  何なにもいなくなった工場こうじょうの正面しょうめん玄関げんかん前まえから視線しせんを部屋へやに移うつすと個体こたいの製造せいぞう番号ばんごう、製造せいぞう日び、稼働かどう開始かいし日び、点検てんけん期限きげん、故障こしょう歴れきなどの情報じょうほうをリスト化かされたものが表示ひょうじされている。

  多た機能きのうロボットは製造せいぞうから三年さんねん経過けいかしたら半年はんとし以内いないに認証にんしょう工場こうじょうで点検てんけんを受うけることになっている。昔むかしで言いう自家用車じかようしゃの車しゃ検けんと言いえば分わかりが良よいだろうか。OSオーエスやソフトウェアはネットワーク経由けいゆで常つねにアップデートされているのだが、さすがにハード面めんの調整ちょうせいは専用せんようの設備せつびの手てを借かりることになる。家事かじ全般ぜんぱんというが家庭かていによってやることは様々さまざまなので、個体こたいによってはパーツ交換こうかんの必要ひつようがあるほど摩ま耗もうしているものもある。

  少すこし前まえまでは定期ていき点検てんけんも特殊とくしゅな用途ようとの工業こうぎょう用ようが多おおかったが、現在げんざいでは一般いっぱん家庭かてい用ようの対話型たいわがた多た機能きのうロボの個体数こたいすうが増ふえてきた。ロボットメーカーもコンシューマー向むけ事業じぎょうを切きり出だして法人ほうじん向むけと分わけて展開てんかいしている企業きぎょうが多数たすうを占しめるようになってきた。それだけ普及ふきゅうしてきたということだろう。今日きょうも五〇体ごじゅったいの家庭かてい用ようロボが搬はん入にゅうされたところだ。

 

  「今日きょうも来きましたねー。『一家いっかに一体いったい、新あたらしい家族かぞくがもたらす余裕よゆうであなたの新あたらしい生活せいかつを見みつけよう』ってやつですか」

  お茶ちゃが入はいったタンブラーを持もったリンがリストをのぞき込こみながら、(おそらくそうだと思おもうが)広告こうこくのナレーションの声こえを真似まねている。

  この工場こうじょうの会社かいしゃではないが、別べつの大手おおてロボットメーカーの謳うたい文句もんくだ。前身ぜんしんは昔むかしながらの家電かでんメーカーだっただけに言いい回まわしが若干じゃっかん古ふるいところもあるが、VRブイアールショッピングモール内ないに踊おどっている広告こうこくに触ふれるとVRブイアール内ないで別べつの部屋へやに移うつされ、そこに登場とうじょうするロボットとの生活せいかつを体験たいけんできるというコンテンツが興味きょうみを惹ひいて普及ふきゅう初期しょきにシェアを伸のばした企業きぎょうだ。

  「メーカーはどこであれ、最近さいきんはほとんどの家いえにありますねー。うちの子こなんて去年きょねん買かったとき最初さいしょはびっくりしてましたけど、今いまは一緒いっしょにゲームやってますよ。

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最近さいきんは手て加減かげんを覚おぼえてきたみたいでうちの子こも勝かてるようになったんですけど、「手て抜ぬいてるだろ!」って息子むすこが怒おこっちゃって。ロボットが本気ほんき出だしたら勝かてる訳わけないのにね。ふふ」

  その時ときの光景こうけいを思おもい出だしたかのように、少すこし遠とおい目め線せんでにやけた顔かおを見みせる。息子むすこの成長せいちょうと相あいまってロボットが家事かじをしてくれるようになったので、前まえに比くらべて余裕よゆうが出でてきたようだ。「もー!」と叫さけぶ姿すがたを最近さいきん見みてない。ドリンクサーバーのお茶ちゃが品しな切ぎれになることも少すくなくなった気きもする。

 

  ロボットは万能ばんのう家事かじツールなのか家族かぞくなのかというのは人ひとそれぞれ思おもうところが違ちがうが、少すくなくともこの母親ははおやが語かたるロボットの話はなしは、従兄弟いとこが遊あそびに来きたと言いっても同おなじシーンが展開てんかいされそうな、違い和わ感かんのないごく普通ふつうの微笑ほほえましい家族かぞく団欒だんらんのエピソードだ。曲まがりなりにもロボット産業さんぎょうに携たずさわる者ものとしては喜よろこばしいと思おもうが。

  「…あの、どうしたんですか?」

  「…ん? いや、うちの息子むすこの家族かぞくもさ、共とも働ばたらきだからやっぱり助たすかるって言いってたよ。もう三年さんねんくらい経たつかなぁ。孫まごたちと仲良なかよくしてるといいんだがな…」

  「珍めずらしくタカさんが神しん妙みょうな顔かおしてるもんだから何なにかと思おもいましたよ。事情じじょうは知しりませんが、どの子こもホント良よい子こばっかりだし、大丈夫だいじょうぶじゃないですかね! あ、お茶ちゃいります?」

  軽かるく首くびを振ふって再ふたたび定期ていき点検てんけん対象たいしょうのリストに向むき合あう。何なにやら要いらない気遣きづかいをさせてしまったかと思おもい、つい、

  「ま、お茶ちゃはいらないけど、ちゃちゃっと点検てんけんの承認しょうにんしてランチでも食たべに行いこうか?!」

  数すう秒びょう前まえの表情ひょうじょうからは別人べつじんのように明あかるい雰囲気ふんいきで振ふり返かえると、まるでチベットスナギツネのような表情ひょうじょうを返かえされてしまった。

  「……さて、じゃあ、なるべく早はやく家族かぞくのところへ戻もどれますように、っと」

  DPSIディーピーエスアイシリーズ製造せいぞう番号ばんごう5700番台ばんだい前ぜん半分はんぶんのメンテナンス承認しょうにんを出だして表示ひょうじを閉とじる。もうすぐランチタイムだ。立たち上あがって窓まどの外そとを眺ながめる。

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  遠とおくでロボットたちが動うごく音おとが聞きこえた気きがした。

 

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あとがき

  この小説しょうせつは、総務省そうむしょうの若わか手て職員しょくいん二に十じゅう六ろく名めい(平均へいきん年齢ねんれい約やく二十九歳にじゅうきゅうさい)からなる「未来みらいデザインチーム」として、二〇三〇にせんさんじゅう~二〇四〇にせんよんじゅう年ねん頃ごろの未来みらい社会しゃかいをイメージし、その時代じだいに生いきる人々ひとびとの暮くらしについて創作そうさくしたものです。

  末まっ筆ぴつながら、この間かん、未来みらいデザインチームの活動かつどうの趣旨しゅしをご理解りかいをいただき、多大ただいなるご協力きょうりょくをいただいたアイシン精せい機き株式会社かぶしきがいしゃ、ヤフー株式会社かぶしきがいしゃ、富士通ふじつう株式会社かぶしきがいしゃ、IoTアイオーティーデザインガールの皆みな様さまその他た関かかわってくださったすべての方々かたがたに、心こころより感謝かんしゃ申もうし上あげます。

著作権ちょさくけんガイド

このデイジー図書としょは、著作権法ちょさくけんほう第だい37条じょう第だい3項こうに基もとづき、障害しょうがいや高齢こうれい等とうの理由りゆうで、通常つうじょうの活かつ字じによる読書どくしょが困難こんなんな人ひとのために、いちえ会かいがマルチメディアデイジー化かしたものです。

 

出典しゅってん:総務省そうむしょう  未来みらいデザインチーム  小説しょうせつ「新しん時代じだい家族かぞく~分断ぶんだんのはざまをつなぐ新あらたなキズナ~」より作成さくせい

 

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02tsushin01_04000517.html

licensed under CC-BY 2.1 JP

http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/

マルチメディアデイジー図書としょ凡例はんれい

1.このマルチメディアデイジー図書としょは合成ごうせい音声おんせいで録音ろくおんしています。聞きき取とりづらい場合ばあいがありますのでご了承りょうしょうください。

2.このマルチメディアデイジー図書としょは、2018年ねん4月がつ17日にち公表こうひょうされた総務省そうむしょう  未来みらいデザインチームによる小説しょうせつ「新しん時代じだい家族かぞく  ~分断ぶんだんのはざまをつなぐ新あらたなキズナ~」を収しゅう録ろくしたものです。

3.この図書としょの、第一章だいいっしょうから第六章だいろくしょうまでの各章かくしょう冒頭ぼうとうには、「この章しょうに登場とうじょうする未来みらいの姿すがた」として、未来みらいのサービスや機器ききの説明せつめいとイラストを掲載けいさいしています。これは、小説しょうせつと同時どうじに総務省そうむしょうにより公表こうひょうされた「IoTアイオーティー新しん時代じだいの未来みらいづくり検討けんとう委員会いいんかい  中間ちゅうかんとりまとめ『未来みらいをつかむTECHテック戦略せんりゃく』の「2030年代ねんだいに実現じつげんしたい未来みらいの姿すがた」から、該当がいとう分ぶんをいちえ会かいが抽出ちゅうしゅつしたものです。

デイジー図書としょ奥付おくづけ

書名しょめい  新しん時代じだい家族かぞく  ~分断ぶんだんのはざまをつなぐ新あらたなキズナ~

原げん本ぽん製作せいさく  総務省そうむしょう  未来みらいデザインチーム

デイジー製作せいさく完了かんりょう  2018年ねん5月がつ

デイジー編集へんしゅう・校正こうせい  いちえ会かい  http://www.ichiekai.net/

製作せいさくソフト  ChattyInfty3チャティーインフティースリー (AITalkエーアイトーク版ばん)

朗読ろうどく音声おんせい  株式会社かぶしきがいしゃエーアイ  AITalk3エーアイトークスリー