はやぶさ君くんの冒険日誌 2010 (ただいま!)

 

 

著作権ガイド

このデイジー図書は、著作権法第37条第3項に基づき、障害や高齢等の理由で、通常の活字による読書が困難な人のために、いちえ会がマルチメディアデイジー化したものです。

 

マルチメディアデイジー図書凡例

1.このマルチメディアデイジー図書は合成音声で録音しています。聞き取りづらい場合がありますのでご了承ください。

2.このマルチメディアデイジー図書は、2010年7月に公表されたJAXA宇宙科学研究所 月・惑星探査プログラムグループ 小野瀬直美氏による「はやぶさ君の冒険日誌 2010 (ただいま!)」を収録したものです。

3.このマルチメディアデイジー図書の階層はレベル2です。

はやぶさ君くんの冒険日誌 2010 (ただいま!)

はやぶさ君の冒険日誌

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ことのはじまり

  ここは太陽系たいようけい第だい3惑星わくせい・地球ちきゅう。地球には、宇宙うちゅうから石いしが時々ときどき降ふってくる。隕石いんせきだ。この隕石のふるさとは、主おもに地球より外側そとがわを回まわっている、火星かせいと木星もくせいとの間を中心ちゅうしんとする小惑星帯しょうわくせいたいだといわれている。小惑星帯とは地球よりずっと小ちいさい岩いわのかたまりがたくさんあるところだ。小惑星しょうわくせいは見みつかっているものだけで数十万個すうじゅうまんこもあるんだよ。といっても映画えいがでよくあるように『100mごとに岩のかたまりがあらわれる』わけではないけどね。小惑星帯はとっても広ひろいんだ。

太陽系の地球とイトカワ

  小惑星には、地球の歴史れきしを知しるのに重要じゅうような手がかりが残のこされているらしい。地球に落ちてきた隕石を調べてみると、45億年前に作られたものもあるんだよ。小惑星の中には、一度も熔けたことがないのでは?と言われているものがある。そんな小惑星が何でできているのかを調べれば、地球の中身のこともわかるんだ。地球の場合、一度どろどろに熔とけてしまったから、重たいものはほとんど地面じめんの奥おくのずっと深ふかくに沈しずんでしまって調べられないんだって。

  小惑星しょうわくせいの中には、近地球型きんちきゅうがた小惑星と呼よばれる、地球の軌道きどう近くを回っているものがある。これからぼくが出かける小惑星、イトカワもその一つだ。

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この小惑星はアメリカの研究所けんきゅうじょが見つけたもので、正式せいしきな名前が付つくまでの間は1998SF36って呼よばれていたんだ。ぼくの探査たんさが決きまったときに、日本のロケットの父、糸川先生のお名前を頂いただいて、この小惑星をイトカワと命名めいめいしてもらったんだ。

イトカワ想像図

  今のところ、小惑星のことはそんなに良くわかっていない。遠とおくにあるし、小さいからね。どの隕石いんせきがどの小惑星から来たかだって、いろんな科学者かがくしゃたちが議論ぎろんしているほどだ。もちろん、形が知しられている小惑星もごくわずかしかだ。さらに、イトカワの直径ちょっけいは約300m〔注1〕と予測よそくされていて、これは今までの探査機たんさきが撮影さつえいした小惑星の中でも格段かくだんに小さい。こんな小さな小惑星は、いったいどんな素顔すがおをしているのだろう。想像そうぞうするだけでわくわくするよ。

  ぼくの使命しめいは、これから始はじまる小惑星探査時代しょうわくせいたんさじだいに必要ひつような技術ぎじゅつの数々かずかずを、実際じっさいに確たしかめるパイオニアになることだ。軽けいトラックに乗のってしまうほどの大きさのぼくの体の中には、新型しんがたのイオンエンジンをはじめとするたくさんの最新技術さいしんぎじゅつと、太陽系大航海時代だいこうかいじだいへの夢ゆめが詰つまっている。

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ぼくはこれらの最新技術を試ためしながら、近地球型きんちきゅうがた小惑星イトカワへ行って、その形や表面ひょうめんの様子ようすをじっくりと調しらべることになっている。そして、イトカワ表面の岩のかけらを採とってきて、地球で待まっている科学者たちの手に無事ぶじ送り届とどけたい。

 

旅立たびだち

旅立ち

  2003年5月9日、ぼくはM-Vみゅうふぁいぶ-5号機ごうきのロケットに乗のって鹿児島県かごしまけん内之浦うちのうらから旅立った。打うち上あげの間中ぼくを守まもっていてくれた、ロケットの頭あたまのカバーがはずれ、ぼくは漆黒しっこくの宇宙を進すすんでいく。ぼくの足下あしもとに浮うかぶ地球は、ひときわ碧あおい惑星わくせいだった。この惑星で待つ人々の期待きたいと想おもいを胸むねに、今日ぼくは旅立つ。ターゲットマーカ〔注2〕に名前を刻きざんでくれた88万人のみんな、必かならずみんなの名前をイトカワに届とどけるからね。そして、イトカワの情報じょうほうとかけらを持って、きっと戻もどってくるからね。

  打ち上げ成功せいこうと共ともに、ぼくの名前は『MUSES-C』から『はやぶさ』になった。鷹たかの仲間なかまの隼はやぶさが、上空から狙ねらった獲物えものめがけて舞まい降おり、確実かくじつにこれを捕とらえるように、ぼくも上手にイトカワの上に舞い降り、そのかけらを取ってこられるように、という願ねがいがこめられている。

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イオンエンジン

  ぼくは太陽電池たいようでんちパネルを広げ、太陽の光を電気に変えた。この電気の力でイオンエンジン〔注3〕を動かす。このエンジンを本格的ほんかくてきに使うのは、ぼくが初はじめてなんだよ。イオンエンジンは普通ふつうの化学推進かがくすいしん〔注4〕と較くらべると、とても効率こうりつがよいので、持っていく推進剤すいしんざい〔注5〕が少なくてすむんだ。でも、力はそんなに強くないから、長い時間をかけて少しずつ少しずつ加速かそくしてゆくんだよ。

  正しい方向に、正しい量りょうだけ、正しいタイミングで、加速し続けなくてはいけないのはとっても難むずかしいけど、ぼくの持っている最新さいしんのコンピュータと、地上にいる人たちが毎週まいしゅう送ってくれる予定表よていひょうを合あわせれば、きっと大丈夫だいじょうぶ。

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はやぶさ

  ほぼ毎日、地球にいる科学者たちは、ぼくと地球との間の距離きょりや、ぼくの速度そくどを測はかってくれていて、ぼくの進すすむべき道を何度も計算しなおしながら予定表を作ってくれる。みんなといっしょに体調たいちょうチェックもする。太陽電池OK、計測機器けいそくききの動作OK、各部分の温度OK、コンピュータも元気いっぱいだよ。イオンエンジンも快調かいちょうのようだ。さぁ、これからイトカワに向かう長旅ながたびの始はじまりだ。

 

地球スイングバイ

地球

  2004年5月19日、ぼくは再ふたたび地球に近づいた。地球の重力じゅうりょくを利用してグンと加速かそく〔注6〕するためだ。なぜこのようなことをするのかというと、理由りゆうは簡単かんたんだ。地球に引ひっ張ぱってもらって速度をあげればその分、推進剤すいしんざいが節約せつやくできるからなんだ。推進剤を減へらせられれば、その分観察かんさつの道具どうぐを持っていけるからね。

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地球スイングバイ

ただし、狙ねらったとおりの速度そくどで、狙ったとおりの場所ばしょを、狙ったとおりの時間に通とおり抜ぬける必要ひつようがあるんだ。でないと、思ってもいなかった方向に飛とばされてしまう。だから、地球スイングバイの前後ぜんごには、イオンエンジンもしばらく止とめて、特に念入ねんいりに、地球の科学者たちに、ぼくの距離きょりと速度を測ってもらったんだ。ぼくの軌道をできるだけ正確せいかくに調しらべて、地球スイングバイの前にちゃんとぼくが微調節びちょうせつできるようにね。

 

長い旅路たびじ

  地球スイングバイの後は、ひたすら地球から離はなれ、イトカワへ向かって進んでいく。ぼくの出した電波でんぱが地球に届とどくまでの時間は、どんどん長くなっていく。通信つうしんもゆっくり〔注7〕としか出来できなくなる。

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はやぶさ

  やがて、太陽からの距離きょりも遠くなり、イオンエンジンをつけるだけの電気でんきがつくれなくなった。ここは寒さむいから、ぼくはたくさんのヒーターをつけて、凍こおり付つかないようにしているんだけど、今は、どのヒーターをつけるかまで、ちゃんと考えないといけないくらいなんだ。でも、これも計画通り。ぼくのコンピュータには、そのためのプログラムがちゃんと入っている。それにあともう少し辛抱しんぼうすれば、また、太陽に近づくから、イオンエンジンも動かせるようになるんだ。

  2005年7月17日、地球と太陽とがちょうど重かさなった。地球と連絡れんらくが取れない日が一週間ほども続く。二週間くらいなら、ぼくは一人で旅を続けられるはずなんだ。だけど、これまでの旅路たびじでは地球にいる科学者たちといつも連絡を取っていたから、いざ連絡が取れないとなるとちょっと不安もあった。だから、また地球との連絡が取れたときにはうれしかった。

 

イトカワが見えた

  2005年7月29日、スタートラッカ〔注8〕でイトカワを撮影さつえいした。

たくさんの星の中で、イトカワは予想通よそうどおりの位置いちにいて、予想通りの明るさの変化へんか〔注9〕をしていたよ。今では、ぼくの一番近くにある天体てんたいがイトカワだ。今までは地球の科学者たちに決きめてもらったとおりの道をたどってきたけど、これからは、自分の目でもイトカワの位置いちを確認かくにんしながら舵かじを取っていく。

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地球はもう遠くになってしまったから、ぼくが自分の目で見た情報じょうほうがとっても重要じゅうようになって来るんだ。

イトカワが見えた

 

ようやくイトカワに到着とうちゃく!

  2005年9月12日午前10時、しずしずとイトカワに近づいていたぼくは、最後さいごのブレーキをかけ、イトカワの上空じょうくう20kmに静止せいしした。長い方の直径ちょっけいが540mほどの、ラッコみたいな形をしたイトカワの上には、思った以上に大きな岩がたくさん転ころがっていた。小さな小惑星しょうわくせいって、こんな素顔すがおをしているんだ!  初はじめて見たよ!

  ぼくはイトカワに寄より添そって飛とびながら、一緒いっしょに太陽のまわりを回る。イトカワが12時間周期しゅうきで自転じてんしてくれているおかげで、ぼくはいろいろな角度かくどからイトカワを観測かんそくし、写真を撮とることができる。これらの写真を使って、まず、イトカワ全体の大まかな地図ちずを作って、それから、ぼくがどこに降おりるかを決きめるんだそうだ。

  2005年9月30日からは、イトカワから7kmの位置いちまで近づいて観測を続ける。

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やっぱり岩だらけのラッコだ。どうやってできたのだろう? ほんとうに不思議ふしぎだ。

イトカワの形

  目で見える普通ふつうの光で写真を撮とる他にも、赤外線せきがいせんで小惑星表面の鉱物こうぶつの組み合わせを調べたり、X線エックスせんで地表ちひょうにどのような元素げんそが含ふくまれているかを調しらべたりする。X線や赤外線などの、目に見えない光を使うと、小惑星の材料についての情報じょうほうが得えられるんだ。

  ぼくの送ったデータを科学者たちが解析かいせきした結果けっか、イトカワの材料は普通ふつうコンドライト〔注10〕とほぼ同じだそうだ。また、地域ちいきによる材料の違ちがいはないらしい。とはいえ、明るい部分や暗くらい部分、岩だらけの部分や小石を敷しき詰つめたような部分と、イトカワにはいろいろな模様もようが見られるけどね。

  それから、イトカワの密度みつどは1.9g/ で、普通コンドライトの密度3.2g/ と比べて、ずっと小さい。これはイトカワが、すかすかのがれきの積つみ重かさなりであることを意味いみするんだ。これは、重力が小さいイトカワならではのことで、地球みたいに大きな惑星ではあり得えないことだよ。

イトカワ

 

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着陸ちゃくりくのリハーサル

  2005年11月4日、着陸ちゃくりくの練習れんしゅうをすることになった。思ってもみなかったほど岩だらけで危あぶないイトカワ。なのに、ぼくの向むきを調節ちょうせつするのに必要ひつような弾はずみ車〔注11〕は、3つのうちの2つが壊こわれてしまっている。その替かわりに、ぼくは12個の小さな化学推進すいしんエンジン〔注3〕を使って向きや速度そくどを調節しているんだけど、シュッと吹ふくタイプのエンジンだけに、さじ加減かげんがなかなか難むずかしい。

はやぶさ

  この日は、イトカワに700mの距離きょりまで近づいて引ひき返かえした。近くで見たイトカワの姿は、出発前しゅっぱつまえにみんなと考えていた「小惑星」の姿すがたとはあまりにも違ちがう。

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  2005年11月9日、今度こんどは70mの距離きょりまで近づく。思った通りの場所に降おりるのはとても難むずかしい。

今日は、ターゲットマーカを投なげて、ぼくがそれを見つけられるかを試ためしてみた。こちらの方はいたって順調じゅんちょうだ。

 

ミネルバちゃんについて

ミネルバちゃん

  今までぼくと一緒いっしょに長い旅をしてきた、小さなロボットのミネルバちゃんを紹介しょうかいしよう。ミネルバちゃんは16本のとげを持っていて、小惑星の上をぴょんぴょんと飛とび跳はねながら動くことになっている。これは、重力じゅうりょくのとても小さな小惑星の表面ひょうめんで移動いどうするために、新しく考え出された動き方なんだ。ミネルバちゃんはカメラを持っていて、小惑星の表面から見た写真をぼくに送ってくれる。それをぼくが地球に向かって送信そうしんする、という予定になっている。

ミネルバちゃんをイトカワに降ろす

  2005年11月12日、いよいよミネルバちゃんをイトカワ表面に向けて降おろすことになった。ずーっと冬眠とうみんしていたミネルバちゃんを、ぼくは静しずかに暖あたためた。ぼくはミネルバちゃんを抱かかえたまま、ゆっくりとイトカワに近づく。

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そして、合図あいずと同時にミネルバちゃんを切きり離はなした。ミネルバちゃんは長い眠ねむりから覚さめ、ぼくの太陽電池の写真を撮とってくれたんだよ。だけど、残念ざんねんながら、ミネルバちゃんからのイトカワに着いたという報告ほうこくはなかった。ミネルバちゃんは、今もイトカワと一緒いっしょに太陽のまわりを回っているんだろうなぁ。

太陽電池の写真

 

ターゲットマーカ そして一回目の着陸

  2005年11月20日。イトカワと一緒に太陽のまわりを回っているうちに、だんだんとイトカワの様子ようすがわかってきた。いよいよイトカワ表面の岩を取りに行く。地球に落ちてきた隕石いんせきと、望遠鏡ぼうえんきょうで観測かんそくした小惑星とを結むすぶ鍵かぎであるイトカワのかけら。これを地球に持って帰かえることがぼくの使命しめいの一つなのだ。

着陸地点を探す

  岩いわだらけのイトカワに近づいていくのは、とても危険きけんだ。なぜなら、ぼくは、太陽から離はなれた所でも動うごけるように、大きな太陽電池パネルを広げている。そして、遠くまで旅をするために、できるだけ軽く作られている。だから、岩いわにぶつかると壊こわれてしまうかもしれないんだ。そこで、ぼくはレーザーを使って地面じめんからの距離きょりを測ったり、太陽電池パネルの下に岩いわがないかを確たしかめたりしながら、慎重しんちょうに近づくんだ。

  ぼくの送った写真を見て、地球にいる科学者たちが選えらんだ場所は、「ミューゼスの海〔注12〕」と呼よばれるイトカワの中では比較的ひかくてき平たいらな部分だ。

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直径40mほどしかないその場所に、ぼくはゆっくりと降おりていく。地球にいる科学者たちも、刻一刻と変わるデータを、じっと見守っている。

はやぶさの影

  イトカワまでの距離が100mになったとき、地上からの信号が来た。「Go」だ。あとは、自分で判断しながら降りて行くんだ。なぜなら、地球にいる科学者たちに問い合わせていると、その答えが返ってくるまでに30分以上もかかってしまうからだ。とても待ってはいられないよ。

  イトカワから40mの距離まで来たところで、88万人のみんなの署名しょめいと想おもいの詰つまったターゲットマーカを放出ほうしゅつした。虚空こくうの中を緩ゆるやかに降下こうかしてゆくターゲットマーカ。その影かげと、ぼくの影だけがイトカワの表面にくっきりと浮うかび上がっていた。それに導かれるように、ぼくは、イトカワに近づいていく。

ちきゅう、たいよう、はやぶさ、イトカワの位置関係

  あと17mだ。ちょっと立ち止まって、アンテナを切り替えてから、太陽電池パネルをイトカワ表面ひょうめんと平行へいこうにするために、ちょっとだけ向きを変えた。もう一度、慎重しんちょうに降下こうかをする。その時、太陽電池パネルの下に何かがあるのを感じたんだ。

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いったんは戻もどろうかと思ったんだけど、横に動いてから降おりた。そのほうが安全だと考えたんだ。やがてぼくは、イトカワ表面で2回ほど跳はね返かえってから、横たわって着陸ちゃくりくした。

  何とかして立ち上がろうとしたけど、どうもうまくいかない。本物ほんもののイトカワは、ぼくらが前から想像そうぞうしていたものとは、あまりにも大きく違ちがっていたのだ。こっちに来てからぼくが地球に送った、本物ほんもののイトカワのデータを見た科学者達は、予定表を書きなおしては送ってくれている。だけど、それでも間に合わないほど、「知らなかったこと」に満みちあふれている場所ばしょに、ぼくは今、来ているんだ。ここにはたくさんの危険きけんな岩があるし、熱あつい。さすがにもうイトカワから離はなれなければいけない。そうぼくが思ったとき、地球からも離陸りりくするように連絡れんらくが来た。残念ざんねんに思ったが、ぼくはイトカワから飛び立った。

イトカワの表面

  2005年11月21日。ふと気がついてみると、ぼくはイトカワから遙はるか遠くに来ていた。そして、地球にいる科学者たちから、もう一度イトカワに近づくようにとの連絡を受けた。ぼくだってもう一度挑戦ちょうせんして、今度こそはイトカワの岩のかけらを手に入れたい。

 

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岩のかけらの拾ひろい方

  この辺へんで、岩のかけらを採取さいしゅする方法を紹介しょうかいしよう。

  ぼくがここに来るまでは、イトカワの表面がどんな様子なのかを、誰だれも知らなかった。砂すなに覆おおわれているのか、石ころが転ころがっているのか、それとも大きな一枚岩いちまいいわなのか。だから、イトカワの表面がどんな状態じょうたいでも、岩のかけらを取ってこられるように、いろいろと考かんがえて実験じっけんを重かさねてくれたそうだ。

  重力じゅうりょくの小さな小惑星上で、どうやって岩のかけらを拾ひろうのか。地球上や月面上げつめんじょうでやるように、シャベルをつっこむ、という訳わけにはいかない。そんなことをしたらぼくの方が反動はんどうで吹ふっ飛とばされてしまうからね。小惑星の小さな重力では、シャベルをつっこもうとするぼくを地上ちじょうに引き留とめることはできないのだ。

 

  そこで思い出したのが、水に石を投なげ込こんだときの水しぶきだ。

あれと同じように、イトカワの表面にものすごい速はやさで金属きんぞくのかたまりをぶつけて、飛とび出してくる『岩しぶき』を、先の拡ひろがった筒つつを使って集めて、ぼくの内ポケットに詰つめる。イトカワの重力は小さいから、飛び出した岩しぶきの多くは、イトカワに取とり返かえされることなく、ぼくの内ポケットまで入って来るんだ。

かけらを拾う方法

 

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二回目の挑戦ちょうせん

  2005年11月25日、ぼくは再ふたたびイトカワ表面を目指めざす。前回は慎重しんちょうになりすぎたので、今度はもっと積極的せっきょくてきに岩のかけらを拾ひろおうと思う。目指めざす地点は、前回と同じミューゼスの海だ。少しずつ、少しずつ近づいていくと、なんと、88万人のみんなの署名しょめいの載のったターゲットマーカが見えてきた。また見守みまもってくれるんだね。今度も、ぼくは導みちびかれるようにイトカワの表面をめざした。ゆっくりと、そして石を拾ひろおうという強つよい意志いしを持って。

  2005年11月26日午前7時7分、ぼくはイトカワの表面に降おり立ち、予定通よていどおりに動いてから飛とび立った。とても緊張きんちょうしていたから、金属きんぞくのかたまりを上手じょうずにぶつけて、イトカワのかけらを採とれたかどうかについては、余あまりよく覚おぼえていない。

2度目の着陸

 

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トラブル発生はっせい

  2005年11月26日午前11時、地上の人たちの言うとおりに、化学推進かがくすいしんエンジンを使ってスピードを下げた。続いて、向きを調節ちょうせつしようとしたときに、ぼくは気きを失うしなった。後あとで聞いたところによると、化学推進用の推進剤すいしんざいが漏もれたらしい。これが、思ってもいなかった方向に吹ふき出したせいで、ぼくは変へんな方向を向いてしまった。そして、太陽電池たいようでんちパネルに十分な光があたらなくなって、電気も急きゅうに足たりなくなった。さらに、ぼくの体に付いた推進剤すいしんざいがどんどん蒸発じょうはつ〔注13〕して、体温たいおんも大幅おおはばに下がった。

  2005年11月29日、気がついてみると、ぼくは太陽電池を太陽に向けたまま、ぐるぐると回っていた。これならば、比較的ひかくてき安全あんぜんに地球の科学者たちの指示しじを待まつことができる。

  2005年12月2日。化学推進かがくすいしんエンジンを動かそうとしてみる。が、力がでない。困こまった。

はやぶさ

  2005年12月4日、地上の科学者から、キセノンガスをそのまま吹ふいてみろ、といわれた。キセノンガスはイオンエンジンに使われているものだ。それを、イオンにしないでそのまま吹くなんて、思いも寄よらない指示しじだった。

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けど、とりあえずやってみると、徐々じょじょに向きが変わって、地球にいる科学者たちと連絡れんらくが取りやすくなった。

  2005年12月8日、臼田宇宙空間観測所うすだうちゅうくうかんかんそくじょ〔注14〕との通信つうしん中にまたもや気を失う。体の中に残のこっていた推進剤が、また思ってもいなかった方向に吹き出してしまったらしい。太陽電池パネルも太陽の方向から大きくはずれてしまい、力がでない。地球の方向も見失みうしなってしまった。後はただ、ぐるぐる回りながら、臼田からの声が聞こえるのを待つしかない。地球にいる科学者たちも、きっとぼくを捜さがしていてくれるよ。それまで何とかして持ちこたえなきゃ。ぼくは自分に言い聞かせながら、「ここにいるよ」と電波でんぱを出し続けた。

  地球からも、みんなが必死ひっしになって、ぼくを捜さがしていてくれたそうだ。毎日毎日、ぼくの居いそうな方向にアンテナを向け、いろいろ条件じょうけんを変かえながら、ずっと、ずっと、捜さがしていてくれたそうだ。

何とかしてぼくを見つけようと、新しいプログラムを書いたり、新しい装置そうちを作ったりしてくれていたらしい。

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一週間が過すぎ、一ヶ月が過ぎても、返事へんじの来ない宇宙うちゅうに向かって、ずっと、ずっと呼よびかけてくれていたそうだ。果てしないノイズの波の向こうに、救いを求めるぼくの手が、今日こそは見つからないかと、臼田での受信状況をビデオに録画しては、何度も確認してくれていたそうだ。

はやぶさに呼びかける

 

つながった!

  2006年1月26日、地球からの呼びかけが、かすかに聞こえた。20秒びょうほど聞こえて、その後30秒ほどは何も聞こえない事から考えて、ぼくは地球とはかなりずれた方向を軸じくにして、回っているようだ。でも、そのわずか20秒の間に、ちゃんと連絡事項れんらくじこうが書いてある。ぼくは必死ひっしになってその質問しつもんに答えた。後でわかったことだが、地球にいる科学者たちは、1月23日にぼくが50秒周期しゅうきで回っているのを見つけてくれたらしい。そして、20秒の間で連絡をつける方法を、考え出してくれたそうだ。

つながった!

  地球との連絡れんらくが取れるようになって本当によかった。ぼくを捜さがしてくれた科学者のみんな、そして、ぼくを心配してくれたもっとたくさんのみんな、本当にありがとう。

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はやぶさ

  2006年3月1日、久しぶりに地球からの距離きょりを測はかってもらえるまでに回復かいふくした。科学者たちに教おしえてもらって、少しずつ、少しずつ、キセノンガスを吹ふいて、アンテナを地球に向けられるようにしたんだ。

  2006年6月1日、連絡れんらくが取れるようになったおかげで、だんだんと今の状況じょうきょうがわかってきた。地球にいる科学者たちに体調たいちょうを詳くわしく報告ほうこくしたり、教えられたとおりに、ヒーターをつけて暖あたためてみたり、イオンエンジンをつけてみたりしたんだ。今までに、向きを安定あんていさせるための弾はずみ車が2台故障こしょうし、化学推進かがくすいしんエンジンのための推進剤すいしんざいもなくなってしまっている。たくさん積つんできた電池でんちも、いくつかだめになってしまっているらしい。しかも、ぼくが気を失っている間に、2007年に地球に帰る軌道きどうに乗のり遅おくれ〔注15〕てしまったらしいのだ。かなり大変たいへんなことになってしまっている。

  でも、ぼくはまだ生きているし、地球と連絡も取れる。太陽電池も、イオンエンジンも、キセノンガスもある。

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もしかしたら、少しは岩のかけらを拾ひろえているかもしれないって、言ってくれた人もいるよ。正確せいかくなところは地球に帰かえってからでないとわからないそうだけど。科学者たちは2010年に地球に帰る軌道きどうも計算してくれている。簡単かんたんな事ではないらしい。でも、ぼくはきっと帰ってみせる。

 

帰還きかんへの準備じゅんび

太陽ではやぶさを温める

  まず、ちょっと速はやめに回りながら、ヒーターをつけて、残のこっている推進剤すいしんざいを乾かわかした。推進剤が少々吹き出しても、ぐるぐる回っていれば、ぼくの向きは変わりにくいからね。今は、太陽から遠い所にいるから、体を十分に暖あたためることは出来なかったけど、しばらくの間はこれで大丈夫だいじょうぶ。

  2006年6月、太陽光の圧力あつりょく〔注16〕を味方みかたにつけた。今までは、ぼくの向きを勝手かってに変える邪魔者じゃまものだとばかり思っていたけど、太陽光の圧力を考えに入れて向きを調節ちょうせつすれば、キセノンガスを節約せつやくできるそうだ。

  2006年7月から9月にかけて、電池を充電じゅうでんした。壊こわれた電池〔注17〕には本当は充電したくないんだけど、切きり離はなせないから仕方しかたがない。

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ぼくは意を決して、壊れた4個の電池のようすをじっと見ながら、地球と連絡が取れる間だけ、慎重しんちょうに、慎重に、少しずつ、少しずつ、充電したんだ。

  2006年12月中ごろ、また太陽に近づいてきたので、また、ちょっと速はやめに回りながら、ヒーターをつけて、推進剤を乾かした。

せっかく採とってきたイトカワのかけらに推進剤が付ついたら嫌いやだからね。かけらの入った入れ物をリエントリーカプセルに運はこぶ通路つうろも、念入ねんいりに暖あたためた。

  2007年1月17日、いよいよ、イトカワのかけらが入っているかもしれない入れ物をリエントリーカプセルに運ぶ。ぼくは、夏の間に充電した電池を使ってこの仕掛しかけを動かした。やりなおしのできない、一発勝負いっぱつしょうぶだ。地上の科学者と一緒いっしょに確認かくにんをしながら、一つ一つ、動かしていく。最後さいごに蓋ふたを閉しめると、カプセルの温度おんどがちょっとだけ下がった。成功せいこうだ。

ばいばい、イトカワ

  2007年2月22日、久しぶりにイオンエンジンをつけた。調子ちょうしは上々じょうじょうだ。イオンエンジンを乗のせている台だいをちょっと傾かたむけながら吹ふくと少しだけ向きが変わる。これからは、この方法を、今までよりももっと計画的けいかくてきに使うことにする。

  そろそろ回るのをやめる時期じきが来た。地球に帰るためには、狙ねらった方向に向けて、イオンエンジンを吹ふきつづけなくてはいけないからね。これからしばらくは、イオンエンジンをつかって、ぼくの回転を止める。

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ゆっくりとゆっくりと。慎重しんちょうにね。

  2007年4月20日、イオンエンジンのうちの1台の調子ちょうしが良よくない。地球にいる科学者たちは、イオンエンジン1台でも地球に帰れる予定表よていひょうを作ってくれた。

 

地球への道

  2007年4月25日、ぼくはイトカワでの想おもい出を胸むねに、地球に向かって旅立たびだつ。この不思議ふしぎな形をした小惑星も見納みおさめか、と思うとちょっと名残惜なごりおしい。ここに来て、たくさんの観測をする間に、ぼくは、満身創痍まんしんそういになってしまった。けれども、その度に、ぼくを支えてくれているみんなの創意工夫そういくふうで乗り越えて来たんだ。だからこそ、これからもうひと仕事、岩のかけらの入っている可能性かのうせいの高いカプセルを、何とかして地球で待っている科学者たちの手に送り届とどけたい。

  2007年6月9日、太陽に近づいた。今が一番暑あついときだ。地球にいる科学者たちと連絡を取りながら、体温たいおんの上昇じょうしょうや、イオンエンジンを吹ふく向きに気を配くばる。みんなは、ぼくの送るデータを見ながら、毎日、向きの微調節びちょうせつを教えてくれる。ぼくがちゃんと正しい道を進んでいるかも、こまめに計算してくれているよ。向きを変える方法が少なくなってしまった分、来たときよりも細こまかいところまで気を使わなければならない。

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でもぼくは、地球にいる科学者たちの送ってくれる予定表を信じて、地球へ戻もどる長い旅路たびじを一歩、一歩、進んで行く。高村光太郎さんの詩し「道程どうてい」のように、ぼくの歩いたあとが道になるんだ。

 

あかりちゃんとの共同作業きょうどうさぎょう

  2007年7月26日、あかりちゃんがイトカワの写真しゃしんを撮とってくれた。あかりちゃんは、赤外線せきがいせんで宇宙を見る望遠鏡ぼうえんきょうを積つんだ、赤外線天文衛星てんもんえいせいで、宇宙に浮うかんでいるから、地球の空気に邪魔じゃまされずに星を見られるんだよ。地球の周りを回りながら、空一面の写真を撮って、赤外線で見た宇宙の地図ちずを作っているそうだ。イトカワは太陽たいようの熱ねつで温あたたまっているから、赤外線で見ると案外あんがい明るいんだよ。あかりちゃんが送ってくれた写真を3枚重かさねて見ると、恒星こうせいの間をイトカワが走り抜けていくのが見える。

近くで見たイトカワ(可視)あかりちゃんのとったイトカワ(赤外線)

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恒星と比くらべると、イトカワはずっと地球の近くにいるからね。あかりちゃんからイトカワがどんな風ふうに見えるかには、イトカワの大きさや形かたち、回転かいてん、表面ひょうめんの状態じょうたいなどが関係かんけいしているんだよ。あかりちゃんの写真と、ぼくが小惑星まで行って調しらべてきた情報じょうほうとをうまく組くみ合あわせて、関係式かんけいしきを作れれば、あかりちゃんが撮った小惑星の写真から、いろいろな情報じょうほうが引き出せるようになる。あかりちゃんは、一人でたくさんの小惑星を見ることができるから、効率的こうりつてきだよね。

 

帰還きかんへの旅たび。再ふたたび

こっちも使えるぞ!

  2007年7月28日、イオンエンジンCの点火てんかに成功せいこうした。ぼくは4台のイオンエンジンを持もっていて、その中のBとCとDを使ってきたんだ。けど、イオンエンジンCを使うのは、ずいぶん久しぶりになる。太陽からの距離きょりや、体温がちょうど良くなるのを待ってから、恐おそる恐おそる点火してみたんだ。意外とすんなりついたし、調子ちょうしもよさそうだったので、イオンエンジンDを休ませて、しばらくはイオンエンジンCを使っていく。

  2007年10月18日。ここで、いったん停止ていしして、という連絡れんらくが来た。予定通りに進んだので、太陽から離はなれるしばらくの間は、お休みになるのだそうだ。

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遠日点のはやぶさ

ぼくは、イオンエンジンを止めて、また、くるくる回りながら、太陽の周りをゆっくりと回ることになった。「冬眠とうみんモード」と呼ぶ人も多いけど、ぼくは完全には寝ねていない。運用時間うんようじかんには、体調たいちょうの報告ほうこくもしているし、地球からの距離きょりや速度そくども測はかってもらっているんだよ。

  ただ、イオンエンジンを吹ふいていないし、回っているから、向きとか軌道きどうがぶれにくくて、ちょっと楽らく、とも言えるね。

  この後、2008年の2月ごろと、2009年の8月ごろに遠日点を通過した。ぼくの軌道きどうの中で太陽からの距離きょりが大きくなる時期だ。寒さむいし電力でんりょくがぎりぎりなので、地球に帰るのに必要な機械きかいの周りのヒーターの優先順位ゆうせんじゅんいを上げて、凍こおりつかないようにする。

  2009年2月4日、イオンエンジンを再点火さいてんかした。予定通りの力をちゃんと出し続けているか、向きは大丈夫か、何度もチェックしながら慎重しんちょうに加速かそくを続けていく。

  2009年11月4日、イオンエンジンDの調子が変だったので、いったん止めて地球にいる科学者たちに報告した。イオンエンジンの部品の一つ、中和器ちゅうわきが故障こしょうしたらしい。ずいぶん長い間、使い続けてきたからなぁ。イオンエンジンCも傷いたみだしている。検討けんとうに検討けんとうを重ねた科学者たちが教えてくれたのは、イオンエンジンのAとBを組み合わせる方法だった。

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イオンエンジンAの中和器ちゅうわきは新品同然しんぴんどうぜんなんだ。万が一のための配線はいせんが役に立ったんだって。

  2009年の暮くれ、ぼくはイオンエンジンをいったん止めて、地球からの距離きょりと速度をより正確せいかくに測はかってもらった。そして、2010年1月1日、再びイオンエンジンを点火し、地球帰還きかんへの道を慎重しんちょうに進み始めた。

 

最後さいごの試練しれん

  2010年3月27日、ぼくはイオンエンジンを一旦いったん止めた。これからは最後の軌道微調節きどうびちょうせつだ。何度も丁寧ていねいに距離きょりを測はかってもらっては、イオンエンジンを吹いて少しずつ軌道きどうを変える事を繰くり返かえす。地上の科学者かがくしゃが綿密めんみつに計算してくれた予定表に従って、丁寧に、丁寧に軌道を調節ちょうせつしていく。まるで二人三脚ににんさんきゃくのようだ。

  2010年6月13日、ようやく地球に戻もどってきた。旅立った時と同じ碧あおい惑星わくせい。ついに戻ってきた!ぼくの感激かんげきは、旅立ちの時以上だ。

カプセルを切り離す

  さあ、ここからが正念場しょうねんば。この長い冒険ぼうけんの旅で手に入れた貴重きちょうなイトカワの岩のかけらを、地球で待っている人たちの手に無事ぶじ手渡てわたさなければならない。大事に持ってきた岩のかけらの入ったカプセルを、切きり離はなし、地上に向むかって落とす。これがなかなか難むずかしい事なんだ。

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はやぶさが撮った地球の写真

  大気圏たいきけんに再突入さいとつにゅうする3時間前、ぼくは思いきってリエントリーカプセルを切り離はなした。計算通りの角度かくど、速度そくどで、カプセルは地球へと向かっていく。そして、ぼくは地球の方向ほうこうにカメラを向むけ、撮影さつえいを行った。写真しゃしんのデータを送っている途中とちゅうで、うっちーさん〔注19〕が見えなくなってしまったけど、肝心かんじんなところは上手うまく送れたらしい。

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  やがて、カプセルは大気圏たいきけんに突入とつにゅうし、カプセルは熱あついプラズマに包つつまれた。そのプラズマを切きり裂さくように中華鍋ちゅうかなべの形のカプセルは進む。熔とけないでくれ。壊こわれないでくれ。通信つうしんの途絶とだえたカプセルをぼくは祈いのるような気持ちで見守る。やがて、ぼくも大気圏たいきけんに飛とび込み、特大とくだいの流ながれ星ぼしになった。

みんな、ただいま!

  熱あつい外側そとがわの殻からをはずし、身軽みがるになったカプセルは十字型じゅうじがたのパラシュートを広げ、ゆっくりとオーストラリアのウーメラ砂漠さばくに着陸ちゃくりくしたそうだ。

  すぐに、やってきた研究者けんきゅうしゃたちが上空じょうくうからカプセルを確認かくにんし、翌日よくじつ慎重しんちょうに回収かいしゅうした。どうやら、中身なかみも無事ぶじだったらしい。

 

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そして伝説ヘ

イトカワの鉱物の研究

  これでぼくは任務にんむを完了した。誇ほこりと喜よろこびを胸むねに、ぼくは気ままな旅に出る。ぼくの持ち帰ったカプセルからは、地球の鉱物こうぶつとは明らかに違う、小惑星イトカワの石があったらしい。とても小さいそうだけど、ぼくが旅立ってから7年の間に顕微鏡けんびきょうも進歩したっていうから、きっと大丈夫。

これから、いろいろな人々が、いろいろな方法で分析して、太陽系たいようけいの昔に関する情報が得られるだろう。でも、このことはまた別べつの機会きかいにお話ししよう。

 

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「はやぶさ」についてもっと詳しく知りたい方は、以下のホームべージをご覧下さい。

「はやぶさ」地球ヘ!~帰還カウントダウン~

http://hayabusa.jaxa.jp/

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注

〔注1〕 イトカワの直径ちょっけい:これは2003年当時とうじの予測よそく。実際じっさいの直径ちょっけいは540mで、ちょっと大きかった。

〔注2〕 ターゲットマーカ:ぼくが着つくまでは、小惑星しょうわくせいイトカワの表面ひょうめんがどんな様子ようすかなんて、だれも知しらなかったんだ。だから、イトカワに着陸ちゃくりくする時には、ぼくが自分でターゲットマーカを落おとして目印めじるしをつけることになった。重力じゅうりょくの小さな小惑星の上でも跳はね返かえらないように、ターゲットマーカにはたくさんのビーズが入っているんだ。また、光を反射はんしゃしやすい布ぬので包つつまれているから、とても見つけやすい。なかなかの優すぐれものだ。

〔注3〕 イオンエンジン:電子レンジにも使われているマイクロ波で、キセノンガスをガンガン加熱かねつすると、イオンという「電気を帯おびた粒子りゅうし」になる。このイオンに電圧でんあつをかけると、「高いところにあるものが低ひくいところに落おちる時」みたいに加速かそくされるんだ。こうやって作った秒速びょうそく30km(自動車よりも3400倍ばいも速はやいよ)のイオンを、ぽんぽんとはじき出す反動はんどうで、ぼくの向きや速さが変わるんだ。

〔注4〕 化学推進かがくすいしん:燃料ねんりょうと酸化剤さんかざいを混まぜて、燃もやすことによってシュッと噴ふき出すタイプのエンジン。たとえば、自動車のエンジンはガソリン(燃料ねんりょうのひとつ)と空気(酸化剤さんかざいのひとつ)を燃もやして動いているんだ。だけど、宇宙うちゅうでは空気がないから、ぼくは燃料ねんりょうだけでなく、酸化剤さんかざいも持って行かなくてはいけないんだ。化学推進かがくすいしんエンジンは、一気いっきに大きな力を出せるけど、燃費ねんぴはイオンエンジンよりずっと悪わるい。

〔注5〕 推進剤:ロケットや人工衛星じんこうえいせいを加速かそくさせるための、燃料ねんりょう、酸化剤さんかざい、その他の物質ぶっしつのこと。

〔注6〕 加速:ぼくは、地球のすぐそばをすり抜ぬけることで、太陽の周りを回る地球の公転こうてんのエネルギーを、ほんのちょっとだけ分けてもらって速度そくどを上げたんだ。地球に近づく方向によって、加速かそくも減速げんそくも出来できるんだよ。

〔注7〕 通信もゆっくり:どれくらいの通信速度つうしんそくどで地球と連絡れんらくをとれるかは、ぼくの向き、3種類しゅるいのアンテナのうちどれを使うか、そして、地球との距離きょりに影響えいきょうされる。今は、イオンエンジンを吹ふくために必要ひつような向むきを向むくことが重要じゅうようだから、地球ちきゅうと通信つうしんしやすい向きを向けるとは限かぎらないんだ。さらに、地球との距離きょりが離はなれると電波でんぱが届とどきにくくなるから、一番遅おそい時は8bpsビーピーエス(インターネットの通信速度つうしんそくど10Mbpsメガビーピーエスと較くらべると、百万分の一の速度そくど)で、地球にいる人たちとお話していたんだよ。

〔注8〕 スタートラッカ:ぼくのカメラでとった写真しゃしんの中の明あかるい点てんの位置いちと、星図せいずに載のっている星ほしの位置いちを見比みくらべて、自分の向むきを知しる装置そうち。

〔注9〕 明るさの変化:イトカワは細長ほそながい形かたちをしていて、さらに回転かいてんしているから、見る方向ほうこうによっては明るくなったり暗くらくなったりしているんだ。

〔注10〕 コンドライト:地球ちきゅうによく落おちてくる隕石いんせきの種類しゅるいの一つ。コンドリュールと呼よばれる、まるい粒々つぶつぶが入っているんだって。大昔おおむかしに作られたそうで、太陽系たいようけいの惑星や小天体の材料ざいりょうに近ちかいと考かんがえられている。

〔注11〕 弾み車:ぼくは、からだの中で円盤えんばんをまわしている。つかまるところのない宇宙うちゅうで、この円盤えんばんを回まわす速度そくどを速はやくしたり遅おそくしたりすると、その反動はんどうでぼくが回まわるんだ。

〔注12〕 ミューゼスの海:正式名称せいしきめいしょうはMUSES-C Regio(ミューゼスシー領域りょういき)なんだ。

〔注13〕 蒸発:「ぬれたままだと風邪かぜをひくよ」ってよく言われるけど、あれは、服ふくや体からだについた水が蒸発じょうはつするときに、熱ねつを奪うばうから、体からだが冷ひえて、寒さむくなるよってことなんだ。ぼくのまわりは真空しんくうだから、ぼくの体からだについた推進剤すいしんざいはどんどん蒸発じょうはつしてしまった。

〔注14〕 臼田宇宙空間観測所:うすださん:長野県臼田にある、直径64mの遠くまで電波を飛ばせるパラボラアンテナ。いつもぼくを見守ってくれている。

〔注15〕 軌道に乗り遅れ:イトカワと地球ちきゅうでは太陽たいようのまわりを回まわるのにかかる時間じかんがちがう。だから、ぼくが地球ちきゅうに帰かえるには、地球ちきゅうとイトカワがちょうどよい位置いちになるタイミングが重要じゅうようなんだ。チャンスは3年に一回しかない。

〔注16〕 太陽光の圧力:地球の重力じゅうりょくや空気抵抗くうきていこうと較べてあまりにも小さいため、地球にいる人たちは実感じっかんできないけど、真空中しんくうちゅうで大きな太陽電池パネルを広げているぼくには、重要じゅうような力なんだ。

〔注17〕 壊れた電池:こわれた電池でんち、液漏えきもれのある電池でんちを充電じゅうでんすると、爆発ばくはつすることもあるので、みんなは絶対ぜったいにまねをしないでね。

〔注19〕 うっちーさん:内之浦宇宙空間観測所うちのうらうちゅうくうかんかんそくじょの34mアンテナ。少しでも西にあることと、すばやい追跡ついせきはうっちーさんのほうが得意とくいなことから、最後さいごの通信つうしんは内之浦とおこなったんだ。

 

ぬりえ

好きな色でぬってね!

好きな色でぬってね!

裏表紙

はやぶさ

JAXA

宇宙科学研究所

月・惑星探査プログラムグループ

 

奥付

 

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<2010年再改訂版>

2010年7月30日

※そして伝説へ    ウェブ用に改訂(2011年2月28日)

著者:小野瀬直美

アシスタント:奥平恭子

協力:はやぶさにかかわる方々

観測画像:「はやぶさ」プロジェクトチーム

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デイジー図書奥付

書名  はやぶさ君くんの冒険日誌 2010 (ただいま!)

原本製作  JAXA 宇宙科学研究所 月・惑星探査プログラムグループ 小野瀬直美

デイジー製作完了  2018年10月

デイジー編集・校正  いちえ会  https://www.ichiekai.net/

製作ソフト  ChattyInfty3 (AITalk版)

朗読音声  株式会社エーアイ AITalk3